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zi endo

子どもの頃、夏になるとお祭りで金魚を買ってもらっていて、それが夏の恒例行事になっていたのだが「その金魚が1週間も経たない内に死んでしまう」というのも、また毎年の恒例行事になっていた。

水槽も、金魚の餌も、水に酸素を送り込む泡のブクブク製造機も、我が家には存在しない無い事は家族全員知っていたはずなのだが、それでも私は金魚を欲しがり、親が買ってくる時もあり、そして当然の様に金魚は死んでいた。

特に名前を付けたりだとか、特別可愛がった様な記憶も無いのだが、とある日学校から帰ってくると水上に力なく浮かぶ金魚の死骸を始めて見た時は愕然としてしまった。子どもながらに「生き物はすぐ死ぬんだなあ」と思った物だったが、自分以外の何者かの生死を決める程の重大なキャスティングボードを自分自身が持っていた事に始めて気付いたのは、その対象がもうすでに死んでしまった後であった。


生ある物はいつか必ず死を迎えるのがこの世の仕組みであり、この世は死で溢れている。水槽に浮かぶ「金魚」も金魚を飼う「私」も私を養う「家族」もいつかは死に、骨となる。

只それは形ある物だけに限る事では無く、例えば「感情」であったり「文化」であったり「流行」であったりといった実態を持たない物にも当て嵌まる訳であるが、これらの厄介な所は『ふと気づけば死んでいた』という場合が多々ある、という事だ。死んでいる事に気付ける、というのはまだマシな方なのかもしれない。

自分の中で産まれ、芽生えていたはずの新たな価値観が、時が経つに連れ忘れ去られ、風化され、まるで始めから何も感じていなかったの様に終わりを迎えた、という事が今この時、私の中で巻き起こっている可能性だってある。死んだ事に気付けないのであれば、それは「始めから生きていなかった」という事と同義だ。


人間が生きていて何か壁にぶつかった時にどうやってその壁を乗り越えるのか、その重要な鍵を握るのは「自分がそれで納得できるかどうか」である。人間も産まれて何千年にもなるのだから「人生の攻略本」みたいな物が出版されても良い様に思えるが、どこの出版社もその広告すら打たない現状では「人生の答え」の様な物は、いつだってどこにも存在してくれない。

自分自身の将来が大きく変わるであろう「人生の別れ道」の様な所に立つ順番が自分にも来た時には、その現状を確認する時にも、道を選んだ後になって過去を振り返った時にも「その選択で良かったと思えるのか」という自分自身への問いかけに上手く答える事が出来なければ、生涯続く『後悔』とのシーソーゲームに打ち勝つ事は出来ない。

『納得』というパズルの1ピース1ピースを上手く繋ぎとめる事で、『自分なりの答え』という絵を作っていくのが人生である。


だが、そのピースを組み立てていく最中であっても日々は止まってくれる事は無く、
容赦無く1日1日は過ぎていく。その「1日1日」も恐ろしい物で、『自分はあの時納得したつもりだったけど、アレはただの言い訳だったのでは・・・?』とか『間違った選択だった気がしてきた・・・』といった「後悔」を、結局アレだけ考えたはずのなのに感じさせる事もあるのだから、油断も隙も無い。いつだって「何も考えない」という選択肢が一番エコで負担も無い、最強の一手になり得てしまう。


人は変わる物である。昔描いていた「大人になった自分の姿」と「今の自分自身」が全く違う人間である様に、例えば昔観た面白くない映画を今観ると凄い感動出来たとか、嫌いだった人間と久しぶりに会ってみると昔はどうしても許せなかったコイツの性格が今はすんなり受け入れられる、とか。自分自身の知らない所で、自分自身が死に、新しい自分がいつの間にか産まれている。生き方という全体図を構成する『納得』という1ピース1ピースは『その日何を感じたのか』『何を思ったのか』といった日々の積み重ねを経て、少しずつ形状を変えていく。楽しいと感じていた物が、明日には楽しくないと感じてる様になっているかもしれない。辛いと思っていた事が、明日にはそうでは無くなっているかもしれない。どこが少しずつ死んでいるのか、それとも少しずつ産まれているのか、区別はもう付かない。いつの間にか、価値観が変わっていく。

しかし『只々生きていたら全然違う人間になっていた』では、寂しすぎる。人は変わる物であるのならば、せめて『何が起因して自分は物の見方が変わったのか』くらいは把握しながら生きていきたい。


せめて自分自身が何者であるのかをちゃんと理解してから、日々を生活していきたいとは思うが、私は石橋を叩いて渡るタイプだ。明日には「尿道に針金を入れるのが大好き」という自分が明日産まれるのかもしれないと思うと、もう夜も眠れない。この記事を読み返して「尿道の本当の使い方を知らなかったなんで恥ずかしい、人生損してる」と思う日もいつか来てしまうのだろうか。恐ろしすぎる。