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【編集済】先日「rain」というゲームを買いました

先日「rain」というゲームを買いました。

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以下はそのレビューになりますので、「よーし!暇だし日本語覚えたての黒人みたいな危なっかしい文字列でも何でもこい!!」という気概のある方でしたら、楽しい時間をすごせると思います。
「たまたまこのブログに来ただけだし、そんな事に時間は使いたくないな…」という方は、無理に読めとは言いませんし、ただちょっと最初の数行だけ読んでみて、お口に合うようでしたら、どうぞ。
「20代中盤にもなって非正規雇用で働いている人間が惨めで仕方がない」という方、これからの人生で色んな動物の死骸を踏む事を願わせて下さい。




また、今回は皆さんがいつも色々な媒体で読んでいるであろうゲームレビューとは少し差別化を図りたいという考えから、一見ゲーム本編とは関係のない様に見える画像を、所々で挿入してみようかと思います。


コレは決して作品自体を小馬鹿にして「おふざけブログで笑わせてやろう」などという、ロクでも無いフリーターの一人遊びではありません。




では何故その様な紹介の仕方を取るのかというと、本作「rain」がかなり異質な作品であることと、本作がプレイヤーに訴えたかった『「想像する」ということ』というテーマ(ここは後で詳しく解説します)を出来るだけ尊重しながら、皆さんにこのゲームの素晴らしさを伝えたかったからです。直接的な表現を用いるよりも『ゲーム本編と共通点の多く、それでいて我々の生活に身近な画像を提示する』という少し遠回りな手法を用いることで、皆さんが「想像力」を働かせる瞬間を作りたい。このレビューで、少しでも本作への関心が高められたのならば、幸いです。








「見えない物を見たい、見える様にしたい」というのは、人間なら誰しもが覚えるであろう感情だ。
例えば「来週のジャンプに掲載されるあの漫画の続きが知りたい!」とか、「好きな娘のあられもない姿が見たい!」とか、「相手が今どんな事を考えながら自分と喋ってるのか、頭の中を覗きたい!」とか。
目に見える物、見えない物に限らず、私たちは結構日頃から虚像では無くて、実物を捉えていたい、知っていたいという風に願っているし、思っている。




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「rain」と共通点の多い角界の一般的な「虚像の中の実像」の図





しかし現実にはそれが叶う事はそんなに多くなくて、そういった足りない部分は「想像力」というフィクションを使って不安感をやり過ごす事の方が往々にして多い訳ではあるけれど、そういう私たちの本能に近い部分にある「見えない」「足りない」という不安感を、チクチクと、的確に刺激してくるゲームがある。「rain」だ。


物語は主人公である少年が、ある日の雨の降る街に、透明な少女が同じくして透明な怪物に追いかけられているのを発見する所から始まる。



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「rain」と共通点の多い角界においての一般的な「追いかけられる」の図






少女を追いかけている内に、少年は周囲には何者の影もない不思議な空間に迷い込んでいた。
そして何故か自身も透明な存在になっている事に気付く少年。
降りしきる雨の中で、自身の謎と、街の謎と、怪物の謎。そして少女の姿を追い求めて、少年は恐る恐る足を踏み出した、というのが簡単な冒頭のストーリーだ。


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「rain」と共通点の多い角界においての一般的な「恐る恐る足を踏み出す少年」の図






本作は「迷子」というテーマで作製されており、雨音だけが響き渡る無人の街、少年を見つければ地の果てまで追いかけてきそうな怪物たち、幻想的でありつつ不安感を煽る音楽とが相成って、「ここには頼れる人間がどこにもいない」という強烈な孤独感を感じさせてくれる。


『自分一人でどうにかするしかない、でもどうにも出来ないかもしれない。』
幼少期に家族からはぐれ、デパートでポツンと一人佇む事になってしまった、という誰もが経験した事があるはずのあの時の淋しさ、無力さを、物語全編を通してプレイヤーの心の中に呼び覚まさせ、少年の心情とリンクさせてくれるのが、本作の特徴なのだ。




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「rain」と共通点の多い角界においての一般的な「呼び覚まされた少年の心情」の図






さて、迷子少年として最初の一歩を踏み出してみると、この作品には独特なシステムが多く導入されている事が分かる。


まず前述した通り、少年には姿、実像が無い。画面の中で自分の立ち位置を明確にするには、雨に打たれ続けて姿を浮かび上がらせる必要がある。
だが、姿が見えている間は街中を徘徊する怪物たちにも、少年の姿が見えてしまう。逆に屋内に入れば、一体自分がどこを歩いているのか非常に分かり辛くなるが、怪物たちからは身を隠す事ができる。



しかし、水は水でも泥水を浴びてしまうと、身体を大量の水で洗い流さない限り、屋内に入っても泥が付着したままになってしまう。屋内でも実像がハッキリと浮かび上がってしまい、簡単に怪物たちの餌食となってしまうのだ。


更に実像を持たないのは少年だけではなく、怪物たちもまたそうだ。
屋内に逃げ込んだはいいが、逃げている途中に泥の溜まった水溜りを踏んでしまったせいで、姿が怪物たちから見える様になってしまった。怪物の姿は見えないが、彼らの咆哮と足音だけは確実に自分に迫ってくる…逃げなければ、何としても逃げなければ…


…なんていうホラー映画のワンシーンの様な演出が、この独特なシステムによって物語の各所各所で繰り広げられる。
周りに配置された机や瓶がプレイヤーや怪物に触れるとしっかり揺れて倒れる、という何気無く見える演出も、また秀逸だ。
プレイヤーが倒せば「姿は見えずとも、恐らくこの辺にいる」と推測できるし、怪物が倒せば「見えない手が今まさに触れられようとしている」と、恐怖感の演出にも一役買う事になっている。
(余談だが泥を落とす為に幼い少年少女が自分の身の丈もある桶に自分から頭まで潜って出てくる、というワイルドさが個人的にはちょっとツボだった)




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「rain」と共通点の多い角界においての一般的な「恐怖表現」の図






更に、この様にして隠れながら進行していくステルスゲーム的要素の他に、本作にはパズル要素も含まれている。


あるステージでの一幕を紹介しよう。
ここまで追いかけてきた少女が扉の向こうへと進んでいくのを見たけたが、その扉は少女が内側から鍵でも掛けたのか、開く事ができない。建物内を探索してみると、件の扉をどうやら開けられそうな鍵を見つける事が出来た。


が、次の瞬間、透明な怪物がプレイヤーを追って、壁を突き破って侵入してきてしまった。このまま鍵を持って移動すれば、自身は透明だが、鍵は視覚されてしまうので怪物に居場所がバレてしまう...


こういった『怪物に気づかれる事なく鍵を開けて、少女の元へ向かう術はあるのか?』という、ステルスとパズルが上手く融合された展開が、道中で多く用意されている。
これにより「隠れる」「進む」「逃げる」「調べる」といったアクションゲームにおいては基本的であるはずの動作も、「実像を持てない」という本作特有のギミックを通して体験することで、どんな場面においても新鮮な感覚を持って取り組むことが出来るのだ。



こうしてステルスとパズルを織り交ぜながら、怪物たちの目を盗み、屋根のある所で身を潜めつつ先へ進んでいく、というのが本作の主な流れとなる。
物語はいくつかのチャプターで章立てされており、朽ちた教会、無骨な工場、薄暗い下水道、嫌に明るいサーカスのテント内などなど、早いテンポでステージとなる舞台が移り変わっていくので、基本的にはエンディングまで一本道な道中も中だるみする事なく、街の雰囲気に酔いしれたままに駆け抜ける事が出来る。




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「rain」と共通点の多い角界においての一般的な「中だるみのない物語」の図






難易度に話を持っていくと、基本的にはそれほど高く無い。作品自体も、恐らく日頃ゲームをやり慣れた人なら3時間程度で終わる長さだ。
道中に様々な仕掛けがあるにせよ、テキストの存在やセレクトボタンを押す事でより具体的な助言をしてくれる「ヒント」コマンドの存在があるので、ゲーム自体をあまりやった事が無いという人でも難なくエンディングを見る事が出来るはずだ。


操作方法に関しては至ってシンプル。○ボタンで調べる、×ボタンでジャンプするなど、プレイヤーが出来る事を「アクションゲームとしての最小限」にとどめており、また調べるべきオブジェクトは光らせる事で示唆するなどして、ライトユーザーにも優しい設計になっている。


アクション部分に関しては攻撃手段が無いので「怪物に触れたら即ゲームオーバー」という若干シビアなシステムになってはいるが、私の様に意固地になり、ヒントを見ないでクリアしようと試みて、序盤から人型の怪物に何度も後頭部を透明な鈍器でブッ叩かれても(個人的にはこの鈍器は巨大なしゃもじのイメージだ)コンティニューが細かく設定されているので、ゲームオーバーのすぐ手前で再開できる。




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「rain」と共通点のとにかく多い角界においての一般的な「怪物に触れて即ゲームオーバー」の図






所謂「死んで覚える」でゴリ押しする事も可能といえば可能だ。大抵は分かりやすい箇所に仕掛けを解くカギがあったり、途中で共に行動する事になる少女が誘導してくれるので、進行不可能で行き詰まり、という事には恐らくならないだろう。


また、この手の「ストーリーが多くを語る事が無く、プレイヤーの想像力と一緒に歩んでいく」系統の作品は、劇中に流れる雰囲気を壊さない事が何よりも重要になってくるが、画面内にはHUD表示も無く、極力雰囲気を損なわない配慮が感じられる。


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「rain」と本当に共通点の多い角界においての一般的な「想像力と共に歩んでいく作品」の図






しかし、今作の特筆すべき点は、実はそれらでは無い。
それは今作が「具体的な抽象性」を持った作品である、という所にある。


この作品において、主人公である少年と少女が言葉を発するシーンは無い。この作品において饒舌なのは「言葉」ではなく「見せ方」にあるのだ。
怪物たちから逃げる際に少年が少し慌てて転びそうになりながらも何とか走ったり、BGMとしてドビュッシーの「月の光」が怪物との遭遇、少女との出逢いの場面などの要所要所で使用されたりと、挙動一つ、シーン一つ取っても、それらを全て劇的に、奇跡的に演出してくれる。
特に例として挙げたいのは、劇中において少年のアクションに合わせる形で空中に表示される『テキスト』だ。


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「rain」と共通点しかない角界においての一般的な「劇的なテキスト」の図






ナレーション的な役割も併せ持つテキストの存在は、こういった「雰囲気ゲー」としては異質な部類に入るだろう。
ここでは主に、今現在少年が陥っている状況の説明や、少年が何かを見て感じたこと、思ったことが『地の文』の様な形として表示される。


序盤ではこれがチュートリアルパートにおける操作方法の説明、解説といった言わば案内役の様な役割なので、物語自体との関わり合いは少ない。しかし、終盤になると、少年の心の声を代弁する者として、少年なりの「この雨の降り続ける街が、一体誰の物であるのか」といった結論(あくまで「少年なりの」であり、物語の真相を語る訳では無いが)めいた事まで表示する様になってくる。
これがプレイヤーとしては物語への没入感を邪魔したり、仕草や物音で物語を語っていく本作においては、適していない要素になりうるかもしれない。



ただ、思い出して欲しいのは、今作が「見えること」と「見えないこと」を織り交ぜて作られた作品である、という事だ。


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rainが角界






それは少年と少女、怪物たちの姿形だけに限らず、物語全体における方向性にも当てはめる事が出来る。もしこの作品が、例えば「ICO」の様にテキストやナレーション要素といった誘導的な部分を排除し、少年と少女の細かな挙動やムービーにおけるアニメーションだけで物語が紡がれていたとしても、恐らくそれはそれで成立していたはずだ。


しかし、この作品の素晴らしい点は、そういったプレイヤーの想像力に委ねる「抽象的な部分」に、「絶妙なバランスの具体性」を持たせた事で、ストーリーの核心部分に「見えるところ(明らかになっている箇所)」と「見えないところ(プレイヤーが想像力で補う箇所)」をあえて設定した所にある。


我々も雨という想像力の下に出なければ、または雨という名の想像力を降らせなければ、「rain」という作品の実体は浮かび上がってこない。「見えない物を見たい、見える様にしたい」という欲求をシステムの中だけで叶えるのではなく、いつの間にか作品自体に向けていた事に気付かせてくれるのが、今作「rain」の最大の特徴であり、ウリであるのだ。


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ぼくのだいすきなあさしょうりゅうのえがお






ただ不満な点もある。
今作は最近の3Dアクションにしては珍しい固定視点を採用している。この固定視点の利点といえば、アングルを固定する事で作り手側が提供したい演出をより的確に、より効果的に提供する事ができる、という点にある。


しかし、演出にこだわりすぎるあまり、プレイヤーがカメラから遠のいている場面で何らかのイベントが起きると、一瞬何が起きたか分からないままに次の展開に移り終わってしまう、という箇所が見受けられた。
また、本作では怪物から逃げる、または見つからない様に慎重に移動するという場面が多いので、不意に現れたテキストに気を取られている内に怪物に捕まってゲームオーバー、という事態が、こちらもプレイしていて何度かあった。どちらにおいても「見にくい」という問題点が挙げられると思う。


ただ、その点のフォローもしっかりと用意されている。本編中にスタートボタンを押してメニューを呼び出せば、すぐコンティニュー機能を使って直前の場面に戻る事が出来る。
「なんだか良く分からない内に助かっていた」というのも、それはそれで劇的の様に思えるが、もう一度見直したい、確認し直したい、という時はコンティニューによるペナルティも無いので、素直に見直す事をオススメしたい。


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出来ればコンティニューして角界なりリングの上なりに戻ってきてほしいの図





と、若干不満点も挙げたが、それでもが本作が「名作」と呼ばれるに相応しい作品である事には変わり無い。価格1500円でエンディングまで3時間程度、というのは物足りなさを感じるかもしれないが、一級品の映画(の様な物)を実体験としてプレイできると考えれば、決して高い買い物ではないはずだ。
なんせ「ロマンチックなボーイ・ミーツ・ガール」の一言では、本作品を表すにはまだまだ足りない。雨降る街を覆う不安感、執拗に迫る怪物たちへの恐怖感、演出の妙と劇的なBGMと、プレイヤーへ雄弁に語ってくれる要素が数多くある。
そして実像と虚像の間を漂いながら語られる本作「rain」に少しでも興味が湧いたのなら、まずはPVだけでも見て欲しい。




オススメだ。