12/4 銭湯

休みだった。銭湯に行った。半年ぶりくらいだった。前の晩は2km×2kmの土地の中央に開いた5cmの穴ぼこに4cmのビー玉が丁度入ってしまった様な眠れない夜だった。日々に埋没していたはずの忘れたかった思い出が脳内で急に渋滞しだすのが眠れない夜だ。辛い。痩せた気がする。何かしらがある連中はこういう日には積んでいた本や映画を眠くなるまで消化する文化的な夜を過ごすのかもしれないが、今や俺にはSNSを始めた当初にあった体力や、ブログで収益化を狙うような胆力はすでになく、残っているのは毛深い両すね、薄い職歴、そして1日1回やってくる自慰欲だけだ。こういう日はすぐ外に出た方がよい。こういう日は家で出来ることに金を使った方がストレスは発散できる気がした。だから銭湯だ。

 

平日の昼前は狙い目だと前々から考えていた。どうせ田舎の銭湯なのだから、老人しか通う事はないだろう。老人というのは内臓にとんでもない欠陥とタイムラグが生じる生き物なのだから、昼食を取ってからすぐに風呂に入りに行くのは自殺以外の何物でもないはずだった。いくら私が31歳の非正規雇用者であっても、職歴と内臓の頑丈さには何ら関係がない事くらいは知っている。実家から車を飛ばして約20分、家から2番目に近い銭湯に到着する頃、時計は丁度12時を指していた。新潟県内の老人の胃が全部死んでいる時間なのは間違いなかった。

 

銭湯に到着し、男湯の引き戸を開けるとやはりお客はまばらだった。何人か内臓がまだ生きている人間がいたがそれも数える程だ。俺は銭湯に来た時は湯舟に入る前に必ず身体と頭を洗う。洗い場の隅の方のシャワーの蛇口を捻ってシャンプーを手に伸ばしたその時、何故かそれまで湯舟に入っていた老人がガラガラの洗い場でわざわざ私の左斜め後ろに陣取ったかと思うと、1mほど流しから距離を取って立ち上がり、踊る様に身体を洗い始めた。俺はその踊りを鏡越しに最前列で見ることになっていた。俺は小学校の時に同級生だった西田くんの事を思い出していた。俺は保健委員だった。授業中にお腹が痛いと申し出た西田くんをトイレまで付き添う道中に彼に言われた。「俺、シャツもパンツも全部脱がないとウンコできないんだ。」

10分後、男子トイレの入り口にいたのは西田くんの体操着とブリーフを両手に抱えて待機している俺の姿だった。恐らくこの老人も西田くんと同じで立ち上がらないと身体を洗うことができないのだ。洗い場でクルクルと回転しながら小気味よくフェイスタオルで脇や股を擦っていく老人。この世で一番汚いダンス・イン・ザ・ホールがここにはあった。あまりに至近距離だったので、老人から湧き出た泡とシャワーも俺の所に若干届いてた。この老人は恐らくこの銭湯の常連なのだろう。俺が眠れずに半年ぶりに銭湯にやってくる。常連の老人も身体に垢を溜め銭湯にやってくる。踊るような全体攻撃で泡を周囲に飛ばす。俺のすねに付着する。俺は「もしかしたら来週俺を轢くトラックが今ブラジルの車工場で組み立てられてるかもしれないな」と思う。銭湯でバタフライ・エフェクトを感じる。

 

その後、ゲーセンの誰も来ないレトロゲームコーナーで2機100円のファイナルファイトで遊んで時間を潰す。第2ステージの地下鉄で揺れを感じる。建物が揺れている。今日は風が強かった。新潟の天気はメチャクチャだ。雨が降ったかと思えば、急に晴れて虹がかかり、その2分後には大粒のみぞれが強風と共に落ちてくる。冬がもう近くまで来ている。

帰りの道中で職場に寄ってTBSラジオ「アフター6ジャンクション」のコーナー、ムービーウォッチメンの課題作品である『アナと雪の女王2』の予習として前作をレンタルしていく。全く見る気がしない。

 

 

後で見る