読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヌタヌタに塗れた唇周りをカレーパンの袋でカサカササカサ…と拭きあげ、サイゼリアに入れば「スパゲッティくらい10分で持ってこいよ!!」

センスや美的感覚が優れている事に越した事はないらしく、服のセンス、家具のセンス、小物のセンス、趣味のセンスなどなどが良い事が「善であり良きこと」とされているのはこの世のシステムとして明白な訳で、高校の頃のジャージを部屋着にしない事、チェーンの付いた財布を常備しない事、チェックシャツでゲオに行かない事、デュエルスペースに近付かない事くらいでしか自身の美的感覚を誇示する方法を持たない私の様な人間にとっては、「雰囲気イケメン」などというよく分からない虚像を持て囃すセンス至上主義を掲げたこの一般社会は非常に生きにくく、センスという物の実態を把握できないままに、このままコンビニのカレーパンをチュパ音の様な大音量で咀嚼しながら、油でヌタヌタに塗れた唇周りをカレーパンの袋でカサカササカサ…と拭きあげ、サイゼリアに入れば「スパゲッティくらい10分で持ってこいよ!!」と499円カルボナーラが出てこない事にキレ、痰を3歩に0,5ml口から排出しながら歩行する孤独死2歩手前の顔面崩れのおじいさんになってしまうのでは…と自身の掌をジッと見つめ底知れる不安に苛まれる午後3時が今のところの状況である。
…違う。私はそんな人間にはならない。私は美容院にだって行くし、雪かきだってするし、おばあちゃんに「今日雨降りそうだね」と毎日話しかける。大丈夫、大丈夫。
高校に入るまで母がしまむらで買ってきた999円のPIKOのロゴ入りTシャツ3セットを延々に着続けた私にとっては、そういうファッション関連のセンスを磨く環境に無かっただけなのだ。


ただ、子どもながらに所謂「こだわり」があった事といえば、パッと思いつくのは「友達の家に遊びに行く時に持っていくゲームを何にするか」だけだ。
スマブラやるんだからスマブラ持ってきて」「マリオカートやるんだからマリオカート持ってきて」と言われて本当にスマブラマリオカートだけを持っていく、コレは私から言わせれば3流だ。サービス精神の欠片も無いし、まず面白くない。そういう所にセンスや美的感覚を全振りしたのが、私の青年期だ。


最初に考えたのは「遊んでいられるのは何時間くらいなのか」という点だ。近所だった熊倉くんの家に遊びに行くときは、必ず18時にはお母さんが仕事から帰宅して帰る様に言われるので、13時から遊んだとしたら移動時間を考えればいっても精々4時間半。
マリオカート64の全コースで遊んだとしても1時間で終わるし、スマブラも2時間くらいでどうせ飽きる…この空いた1時間弱をどうするか…どう転ぶか分からないからとりあえずドンキーコング64バンジョーとカズーイの大冒険も持って行って…イヤ待てよ!アイツこの前俺の家に来たときに爆ボンバーマンに相当食いついてきたぞ!よし今日はこの3本で…と望んで、予想通りに「スマブラもマリカーも飽きたし、なんか無いの?」「実は…爆ボンバーマンが…」と学校で作った青のリュックサックから爆ボンバーマンのパッケージをスッ…と出した時の「お前最高!!」となった時の快感ってったら無かった。


ただ、この大前提となる「帰宅時間」がまちまちになる家に行く時はスケジュール作りに苦労した。歩いて20分くらいかかった今川くんの家は放任主義なのか、親御さんから「もういい時間だから帰れ」と言われた事が無かったし、それに加え今川くんは大のガンダム好き、任天堂っ子だった私の持ってるソフトのラインナップでは、なかなか急所を突く事が難しい。


クラスで一番足の速かった大野くんの家に行く時は必ず他の足の速い連中も呼ばれるので、大人数になる。ならば全員で遊べるソフトを…と準備したはずが、集合15分でまさかの大野くん様、「飽きた」の一言で近所の空き地でドッジボール、たった1時間で顔面強打で曲がったメガネと「もう帰れば?」のお言葉で64のコントローラー3つとマリカー、スマブラカスタムロボ任天堂大満足セットを抱えながら、1人で帰った事も1度や2度では無かった。


4つ上のお兄さんがいた松井くんの家に遊びに行った時は、お兄さんも交えて出来る対戦ゲームが主だったが、あまりに私や松井くんばかりが得意なゲームだと、お兄さんが怒ってしまう事が結構あった。1度本当にキレたのか、遊んでいたリビングから黙って出ていくと、何か長細い袋を持ってきて「もう1回…」と言ったきり黙ってしまった時があった。その中断時から松井くんの調子がガクッと下がり、釣られて私も負けが多くなり、結局その日はお兄さんの圧勝で終わったんだけど、後日「あの袋って何だったの?」と松井くんに聞くと「修学旅行で買ってきた竹刀入ってるヤツ…」と聞いた時には、ちょっとブルッときた。


思えば、「何を持っていこうか…」と持参するゲームを考えてる時が一番楽しかったかもしれない。
リビングにゲームソフトを並べて、友達の家での喝采を貰える様な、そんなシミュレーション自体も「友達の家でゲームをしに行く」と同じく、私が子どもだった時代にしか出来ない経験だったはずだ。未だにゲームをDLで買うのが何となく抵抗があるのも、ここら辺が関係してるのか?今も付き合いのある今川くんのマンションに遊びに行っても、予算内で選びに選んで持って行ったアルコール類を「飲めるなら何でもいい」と言われてプシュと空けられるだけだし。
っていうかコイツが私の家に遊びに来た時に、「お前よくこのソフト持ってきたな!」とか一切無かった気がする…。家で遊戯王カードで遊ぶ時は大滝くん*1に絶対盗られるばっかりだったし…。なんか考えれば考えるほど負けた気しかしてこない。

*1:大滝くんは私の遊戯王カードを盗みに盗んで私のカードで私に買ったり実家が八百屋の早野くんを虐めに虐めて数ヶ月に1度は私や早野くんの家にお父さんと一緒にお菓子を持って謝りに来たりしていたんですが、その後中学で野球部のキャプテンになって国公立大学に進学しました