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戦場だ。この瞬間だけは「トマト保持数」で、我々の未来は決まる。トマト=紙幣、トマト=力だ。

白飯を茶碗によそい、食事を終え、茶碗を洗い、棚に戻す。数時間後にまた白飯を茶碗によそい、食事を終え、茶碗を洗い、棚に戻す。


コレを1日3回、何週間か繰り返すと、私は「何だコレは?」となる。
果たしてこの行為に意味はあるのか?茶碗の汚れを落とした瞬間、また数時間後に同じ理由で汚す事が確定されるのなら、この「飯をよそう」という行為は一体何の為に行われているんだ?っていうか「皿洗い」って何だ?オイ、「汚れる」という過程を「料理」という善行為の中に隠して誤魔化した一番最初のヤツは誰だ?これからは「料理」を「皿汚し」とも呼べ。調理師専門学校は「調理師兼皿汚し師専門学校」だ。


1人暮らしをしていてれば自炊をする機会も当然増えてくるが、元来出不精なのも相まって、なかなか「洗う」という行為が身につかない。この世に存在する全ての調理の裏では、このような「穴を掘ってまた埋める」を只々繰り返すだけの作業が、何億回も存在しているのが、私には信じられない。
料理の専門学校では「意味の喪失」という科目があるに決まっている。恐らく調理師免許の最終試験は精神鑑定の加点がかなりの割合を占めているはずだ。料理人になるには、通常の脳構造では身が持たないという事なのだろう。
「偉くなればなるほどコック帽が高くなる」も、『俺の脳はこんなに長細くなる程に進化してるんだぞ!』という意味だ。料理人は人類のニュータイプだ。あのコック帽の中には青白い血管がビッチリ浮かんだ長細い禿頭が詰まっているのだろう。そりゃあ事務業とかよりも調理師の方が給与も高いはずだ。コックさんいつもおいしいごはんをつくってくれてありがとう。


料理に限らず、生きていれば無数の「作っては消し、作っては消し」を繰り返す必要がある訳で、考えてみてば幼少期から色々作らされた気がする。
幼稚園ではクレヨンとクーピーを持たされ毎日毎日絵を書かされたし、小学校では図工に加え家庭科の授業も加わって、リュックサックやらポチ袋やらも作った記憶がある。ただ、私は元々手先が不器用な方で、絵心という物も無ければ「作る喜び」みたいな物も、当時はイマイチ理解できなかった。


小学2年生だった時、学校近くにあった畑を借りて「野菜を育てて収穫しよう!」という様なレクリエーション的な授業が長期的なスパンで設けられていた。
「野菜を育てる」といっても、私たちが担当したのは精々「畑を耕す」「野菜の種をまく」「月に1回様子を見にいく」くらいな物で、その他大部分の作業は近所の農家の方に協力を仰ぎ、面倒を見てもらっていた。


で、夏。いよいよ収穫の時間という事で、家から持ってきた長靴に履き替えて、久しぶりに畑に出る。
家を出る時、母には「ミニトマトいっぱい取ってくるから夕飯いらないかもしれない!」とも言ってある。収穫用のカゴも祖母から用意してもらった。カゴに収まりきらない程に収穫出来た場合は、その頃我々の教室では猛威を振るっていた松井くんの持つポケモントルエンピツのサンダースをトマトと交換してもらう腹積もりだ。ここは畑ではない。戦場だ。この瞬間だけは「トマト保持数」で、我々の未来は決まる。トマト=紙幣、トマト=力だ。


意気揚々と自分がトマトの種を蒔いた所へ行ってみると、思ってたよりもトマトが少ない、イヤ、全然成ってない。茎や枝自体は立派に育っているのだが、肝心のトマトはパッと見た感じだと青いのが1個あるだけだ。私の隣に種を蒔いた熊倉くんは「うわ、1、2、3、4…9つ出来てる!…けど半分くらい青い!」と上機嫌、熊倉くんの横に蒔いた松井くんなんかは「俺のは全部赤いし!」「7個しかねえじゃん!」と誰かに言い返されている。


そんなはずは…俺のサンダースは…約束された未来は…と、葉を避けて覗き込んでみると…あった!ようやく見つけた!真っ赤で形も良い、最高のトマト!こんな風にきっと葉に隠れてるだけでいくつも生っているんだ!
5個くらいならきっと…サンダースは無理でも、早野くんのリザードくらいなら…と安堵した瞬間、視界の横からシワシワの腕が伸び、トマトをブチッ!!と茎から千切ってパクッ!!ブシュ!クッチャクッチャ!!


突然の出来事に「!?」と振り向くと、そこにいたのは担任の杉田先生だ。「さあ、皆さん!収穫は終わりましたか〜?1個くらいなら今みたいに食べてもホラ!全然大丈夫ですよ〜」と笑いながら「美味しいじゃない!」と私に声をかけ、離れていく杉田先生。それから何度も葉を避け、覗き込み、後ろに回りと数えこぼしが無いか懸命に探してみたが、私の枝からは2つしかトマトは収穫できなかった。しかも全部青い。
でも、大丈夫!数時間後の私のカゴには5つほどの赤いミニトマトが転がっていた。「あんまり取れなかったねえ」「カゴいらなかったねえ」と祖母も苦笑い。この笑顔を守れてよかったと心から安堵した。松井くんの手に渡った私のラッタとカビゴンも、きっとそう思っているはずだ。


しかし、その十数年後に「コレって意味あるか?」と何にでも考える様になってしまった要因は、ここら辺で形成されてしまった様な気がするのだが、どうだろう。
何時間もかけて作ったせっかくの料理も、盛り付けた瞬間に横から杉田先生の手が出てきて皿を叩き落とされ「よく出来てたじゃない!」と白米をグチャと踏まれながら言われそうな気がする。
何時間もかけて勉強した後に一休みと伸びをした瞬間、横からライターを持った杉田先生の手が出てきて「よく頑張ってたじゃない!」と燃え盛るノートの明かりに照らされた満面の笑顔で言われそうな気がする。