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先日も母から「アンタの足からドブか雑巾の臭いがする」と言われたばかりである

6月に入りとんでもなく忙しくなり、毎日4時間弱の残業を強いられる様になった。平日は帰って寝るだけの生活でアニメも見れず映画館に行けず本も読めず、結果的に休日は溜まりに溜まった娯楽を消費するのに手一杯で、身体を休めている気が全くしない。
先日も母から「アンタの足からドブか雑巾の臭いがする」と言われたばかりである。ドブか雑巾とはどういうことなんだ?どちらの要素も含むということなのか?それとも「ドブを掃除したあとの雑巾の臭い」なのか?それはほぼ100%ドブの臭いではないのか?それは中学生の頃に「あなたの口が臭いと女子から噂になってるけど何か病気だったり体調が悪かったりするの?」とわざわざ昼休みに私の席にまでやってきて告げに来た担任の東条先生を思い出すんだけど、故意なのか?


10代の頃は最新作は高くて手が出ず、仕方が無く安い中古で買ったはいいけど古すぎてメッシよりインテルにいたアドリアーノの方が将来的に見れば断然“買い”になってるPS2ウイニングイレブン、マスターリーグモードでしか時間の消費の仕方を知らず、文化的な教養を全く身に付けず多感な時期を終えてしまったので、今必死になって映画や本を読んでいる。


こういうのは親からの影響で身に付ける事が多いと聞くけど、私の父が見せてくれた娯楽作品といえば「PSのバイオハザードをプレイしてる姿」か「完全自殺マニュアル50」のどちらかだったので、環境的にも当時の映画や本を目にする機会が殆ど無かった。今考えれば惜しい事である。出来ればリチャードに時間内に血清を渡す為の正しい順路やお手軽な一酸化炭素中毒のやり方以外の教養を手に入れたかった。結局サメに襲われて死ぬし。


最近、映画を見て泣く事が増えた。と思ったが自分のブログをを読み返して見れば3年くらい前から「最近映画を見て泣く事が増えた」と書いてるので、ずっと泣きっぱなしである事が分かる。


当時は映画『レスラー』を見て号泣したのもあってそんな記事を書いたのを覚えている。「映画を沢山見て感受性が豊かになってきたのでは?」と少しテンションが上がったが、今になって自分がよく泣く映画や場面を思い出してみると、ダメな親が子どもに『罪の意識を抱く』『頑張る』『謝る』の内の2つクリアしていれば眼球から3滴水分が垂れ落ちるだけだという事に気付く。感動とかではなく、パブロフの犬的な反応に過ぎないんじゃないのか、コレは。肉を見てヨダレが出たから電気ショックが流れる、みたいな。


「泣けたからいい映画」と考えていた節があったが、今となっては涙が流れる度に脳内にはパブロフ君(オス・4さい)が電気ショックで泡を吹いてる姿しか思い浮かばない。「自分がサイボーグである事を知らないサイボーグが映画鑑賞5作品に1回毎に涙を流す様にプログラムされた結果『自分がどんな所に自己投影して感情が高ぶるのか分からない』と嘆くサイボーグ」の方がずっと人間らしい。「人の生き死で遊ぶには5分の1くらいの確率で生き残させた方が適当で面白い」とでも考える富豪の『ハイ、泣かないから斬首ー!』の遊びでくらいしかこのサイボーグは多分使い道が無いけれど、コッチの方が魅力的だ。機械だから足もドブ臭くないだろうし。