安全ピンについて

「夢」とか「いま欲しいもの」とかを聞かれると、薄暗い密室で2時間考えてからの「………UFOキャッチャーに2000円使ってみたい…」しか言えないのが私だが「幼少期の頃に怖かった物」の質問には、質問者が「よ」を発音しようと舌を動かせた十数年前、質問者の母が破水で「お母さん!来た!お母さん!」と叫んだ時点で2つか3つくらいは相当な食い気味で挙げる事ができる。


まず
「両親」
「すぐ遊戯王カードを盗んでいく大滝くん」
「アマゾネスの様な体格の女子」
「犬かきしか出来ないのに50m泳がされる来週の水泳の授業」
「おじいちゃんが食べこぼすご飯粒」
「あんなに頼み込んで契約してもらったのに一切手を付けていないチャレンジ4年生7月号」
「昨日父の本棚から盗んでオセロ盤の裏側に隠したBUBUKAがいつバレてしまうのか」。


これ以上文字に起こして可視化できてしまうと、一夜にして私の頭髪が真っ白になってしまうのでこの辺にしておきたいが、その中でも「常に忍び寄る怖さ」という意味で、一番恐怖を感じたのが「安全ピン」だ。


理由は簡単。
安全ピンは先端が尖っているからだ。
小学校で装着を義務付けられていた名札が、ふとした拍子で取れた時。英語の授業で、ローマ字で書かれた自身の名前を衣服に付ける時。
意外にも、小学校生活にはかなりの頻度で安全ピンを扱う場面が出てくる。未だに折り紙で鶴が折れないほどに手先が不器用な私にとっては、「先端が尖っている」というのは、充分な畏怖の対象になり得た。


安全ピンはいつどんな時でも、顔には誰かに殴られた様な跡。
今日も大音量のヒップホップを周囲に聞かせながらビッグスクーターに跨り、深夜の高速道路を当ても無く毎晩駆け巡っている。
そんな彼だけど、意外や意外に家族想いで口癖は「お袋に心配だけはかけさせられねえんだ」。そうやって先輩のミシン針さん、待ち針さんとは連む事も無く、今日も一人で彼は夜の街を…
イヤ、そういうヤツじゃない。私が言いたいのはそういう漫画「喧嘩稼業」的な尖っているじゃない。(喧嘩稼業読んだことないけど。完全にイメージだけだけど。)単純に「先端が尖ってて指とかに刺さると痛い」の「尖っている」だ。


だいたい「安全」と銘打っているくせに、自らそう名乗っている癖に、しかるべき箇所に刺さると普通に刺さるし血も出るっていうのはどうなんだ?
「安全運転」は無事故無違反、「安全靴」は労働者の足元の怪我を防ぎ、「安全日」は薄い本の中で読後感の良さを保証する。
安全一派の中で、ただ安全ピンだけが安全の義務を全うしていない。いっそ「突起」に名称を変えろ。一族の恥晒しだ。


私が安全ピンこと『突起』におっかなビックリで名札を装着している所を目ざとく見つけた大滝くんが休み時間にふざけて安全ピンを持って私を追いかけ回したのもトラウマだ。


何かの拍子にチクリとやられた日には、「指を貫通するのでは」「目に刺さって失明するのでは」「胸に刺さって肺に穴が空くのでは」「体内に針が残ったままになって十数年後に大きな病気を引き起こすのでは」と、昨日見た『世界まる見え!テレビ特捜部』の「世界で起こった陰鬱な事故100選」のヤケにリアルな再現VTRのせいで針一本が私の人生が大きく左右するかの様な錯覚に陥っていた。


世界まる見えでは「しかし4年後、そこには一命を取り留め元気に歩く彼の姿が!!」などと必ずオチを付けてくれたが、私の場合も上手くいく保証なんてどこにも無い。そうやって万が一を考え本気で逃げる私を面白がって、英語の授業やまち針を使う家庭科のミシンの授業なんかが終わる度に、大滝くんは私を追いかけ続け、私はクラス中に醜態を晒し続けていた。


...しかし泣くな、小学生の私よ。
その後大滝くんは両親にチクった私によって、お菓子を持ってお父さんと一緒に謝りに来る。来るが2週間くらいすると怒られた事も忘れて、いつも通り君は追いかけられる。
ただそのおかげでこうして私はブログを1つ更新できたので、1個も得がない小学生の君は今の内に貰ったお菓子はちゃんと食べておこう。
それは12個210円のボッソボソしたクッキーで口の中の水分は死ぬけど、食っておこう。
あと世界まる見えは今もまだ番組は続いてるけど、楠田枝里子は10年くらい経ったら降板するから、よく見ておこう。