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地元の道っぱたに突如「おもしろハウス」なるプレハブ小屋が出現した

地元の道っぱたに突如「おもしろハウス」なるプレハブ小屋が出現したのは、私が小学5年生だった頃だ。
一時期、私たちのクラスはこのおもしろハウスの話題で持ちきりになったが、この小屋に入った事のある人間、もしくは詳細を知っている人間は誰一人いなかった。


しかしそれでも、私たちはその小屋を「面白いハウス、略しておもしろハウス」と呼び、話題にし続けた。
思春期を迎えようかという多感な時期の子どもたちの心を鷲掴みにし続けたその小屋は、何故「おもしろハウス」などと呼ばれる様になったのか?




いつも土曜日になると、私は親に連れられて、車で20分の所にあるショッピングモールまで買い物に出掛けていた。


私が幼少期を過ごした地元はかなりの田舎で、件のショッピングモールまでの道中は、周辺に店舗も民家も無かった。
大人になった今でも、たまにその道を車で走行するが、街灯も殆ど設置されていないから、雰囲気もあって相当怖い。
距離にして十数キロに渡って、何だか近付いてはいけない様な雰囲気を一体に醸し出していたのがその土地の特徴だった。


いつ「死体を捨てるならココ!」の看板が出てもおかしくない様な、そんな「荒野」といってもいい荒れ果てた土地の道端に、ひっそりとトタン屋根とハリボテの簡素な造りで建造された(木村拓也がドラマ『Good Luck!』の終盤で父親役だったいかりや長介と一緒に、何故か河原でたむろしてる家族の為に作ってあげた屋根付きの小屋に結構そっくりだったんですけど、こういった文字上でのやり取りにおいてはコレは全然いい例ではないという事は私にも分かります)のが、『おもしろハウス』だった。


見たところ、中には人がいる様な気配もないが、曇りガラスで目隠しされている事もあって、内部の詳しい様子をうかがい知る事は出来ない。広さ的にはせいぜい大人が2人入れば一杯になる程度。
照明も設置されてなさそうな、そんな不気味な物体の壁にはペンキで乱雑に「お」「も」「し」「ろ」「ハ」「ウ」「ス」の7文字…。


そう、何故そのオンボロ小屋を、私たちはおもしろハウスと呼ぶ様になったのか。簡単だ。そう壁に書いてあったから。しかし、毎日毎日同じ様な一日を過ごしていた私たち子どもは、そんなおもしろハウスの出現に色めき立った。


毎日朝6時40分に起きて、学校に行くだけの単調な毎日。


毎月1000円のお小遣いを何度払っても払ってもバチッと開いた遊戯王のブースターパックから爆弾カメ虫が(そういうカードが本当にあった)出てくるだけの単調な毎日。


私の遊戯王カードを盗みまくった大滝くんに64のコントローラーを引っこ抜かれたせいで、私の棒立ちになったリンクが画面イッパイのカビゴンに吹っ飛されるのをただ眺めるだけの単調な違法スマブラの毎日。


そんな日々の停滞感を打破してくれるかもしれない『可能性』を、私たちはおもしろハウスに感じていたし、信じていた。それは不気味さであったり、胡散臭さであったりした訳だけれど、それすらも新鮮に思えていた。


とはいっても「ご融資、24時間承ります!消費者金融に断られた方でもモチロンOK!」の看板を見て「やったー!じゃあ金借りたい放題だ!」とはならない様に、「おもしろハウス」にカスタムロボとか、どこでもいっしょとかが売られているとは、流石に子どもながらに思わなかった。


思わなかったが、だけど、大人が独占してて子どもには絶対に見せてくれない様な何かが、世界中探しても新潟のド田舎のココだけで販売されているんだ!と私は本気で信じていた。子どもだったから『マツタケとか麻薬かな?』くらいの想像力でしかなかったけれど、それでも充分ワクワクした。


どっちの料理ショー関口宏が美味そうに食べてたヤツが、あそこに売ってる。
槇原敬之が持ってて捕まったヤツが、あそこに売ってる。
充分ワクワクした。


もし友達みんなでおもしろハウスに行ったら、どんなに楽しい出来事が私たちを待っているのだろう。なんせおもしろハウスだ。そこまでの課程も楽しいに決まっている。


道中はみんなでおもしろハウス行進曲を歌いながら荒野を闊歩、多分大滝くん辺りがクラスで一番運動音痴だった子を馬鹿にする替え歌を唄って大盛り上がりした後は、おもしろハウス自動販売機でジュースを買って小休憩だ。


私は微炭酸のおもしろハウスサイダーを飲みながら、おもしろハウス草の優しい匂いに包まれおもしろハウス高原で横になり、山口くんはおもしろハウス白樺に登って木の上で昼寝、松田くんはおもしろハウス出版社から発行された綾辻行人推理小説『おもしろハウスの殺人』を読む。
みんなそれぞれの時間を過ごしながら、未だ見ぬおもしろハウスに思いを馳せるのだ。ああぼくたちの天竺ことおもしろハウス……。




それからしばらくして、母から「アンタより1学年上の上級生が、朝早くに家を抜け出しておもしろハウスでエロ本を買っているらしいから、父兄で周辺の見回りを実施する事になった」という話を聞いた。
ぼくらの天竺は、マツタケでも麻薬でもなんでもなく、着衣緊縛モノを多数揃えた只のエロ本自動販売機らしかった。


研ナオコが持ってて捕まったヤツは、やっぱりそこには売ってなかった。
大槻ケンヂがタイで食べて頭がおかしくなったヤツは、やっぱりそこには売ってなかった。


少し前にスタンドバイミーという映画を見て、「何だか私も似たような経験をしたな」とも思ったりしたが、コレは多分気のせいだ。
私は家から一歩も出ていなかったし、リヴァー・フェニックスも着衣緊縛モノのエロ本は見た事が無かったと思うし。ただ、私にとっての「死体」は「おもしろハウス」であることは間違いなかった。
あれから15年は経つが、未だにおもしろハウスの建物は残っている。まだ販売が続いているのか、緊縛モノのエロ本を買ってPTAに目を付けられている子どもがいるのかは、分からないけど。