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インドア派人間が美容院に行く時に作りあげるべきたった1つの人格

美容院や床屋に行くだけでなんとなく1日を有意義に過ごせた気がするから不思議です。


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思うにコレは「美容院に行く際の準備」を前日、前々日にかけて行うからでしょう。
しかし美容院に行くというイベントは、我々インドア派の人間にとっては大変体力を消耗する行事です。


考えてもみれば、真っ暗な部屋で深夜アニメを見る時か、押し入れから出した小学校の卒業文集に載った『卒業生住所一覧』のページを開いた時にしか感情を表に出さないでお馴染みのインドア派人間にとっては、1時間から1時間半の間、イスに座って同じ人と会話し続けるというのはまあ不可能ですから、無理も無いかもしれません。


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しかし、だからこそ我々の様な人間にとっては「準備」は必須なのです。
何の準備もせずに脂まみれの顔で必死に雑誌を読んでるフリをしながら黙って髪を切られるなんて、これは傍から見れば完全に「困ったオタクくん、キモさだけお店に振りまいて帰る、の巻」です。
そんなDVDにも収録されない欠番の回を店内で放映してしまわない為に、インドア派の人間は美容院に行く前に準備をする必要があるのです。


「美容師さんと会話が続かない」「怖い」と言っている人間は、準備が全く足りていないと言えるでしょう。かといって床屋に行くのも地元の小中学生と同じ髪型にされる可能性は充分考えられますから、ここは妥協するべきではありません。


…貴方はいつまで美容院に行って「気持ち悪い成人男性がやってきたぞ 困った困った」の目を向けられ続ければ気が済むのでしょうか?
貴方はそうやって大人になっていくつもりですか?
そして周りの同級生たちは結婚し、家庭を持ち、マイホームを買うまでにもなっていくのに、貴方は地元周辺の美容院の道場破りを続け、たった一人で「このままでは各地の美容院に点々とキモさの痕跡を残しているだけ」と年老いた自身の顔を鏡で見ながら気付くのですか。


インドア派の人間は、行きつけのお店を作る必要があります。


恥を忍んで同じ店舗に3ヶ月に1回足を運び、美容師さんに私たちの気持ち悪さに慣れてもらう必要があるのです。
勘違いされている方がいるかもしれませんので一応言及しておきますが、インドア派の人間は何も髪が長かろうが何だろうが気にしていないからボッサボサのクソダサ髪型でいる訳ではありません。
「美容院に行って美容師さんを困らせる事で双方共に恥ずかしい想いをするくらいなら何もしない方がマシ」と美容師さんの気持ちを第一に考えてるからこその『クソダサ髪型』なのです。



自身が髪を切る事で嫌な気持ちになる人間を出さない為に、自己犠牲の精神で「髪を切らない」という選択肢が出来る。この世の髪が長い気持ち悪い成人男性というのは、日々会ったこともない誰かの心の平穏を願い、そして守っている聖人だという事が分かってもらえると思います。


さて、では「準備」とは一体何を指すのでしょうか?『自身の気持ち悪さに慣れてもらう』という段階の1つ前である「誰からも自身の気持ち悪さを受け入れてもらっていない」という、いわば『ゼロ』の状態から、どういった段階を踏んでいく必要があるのでしょうか。
ここでは美容院に行く際の手順をひとつずつ追って行きながら、頭髪が綺麗に揃えられるまでにインドア派人間にとって必要になってくる「準備」をシミュレーション形式で解説していきたいと思います。




1、予約


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予約の時点から我々の「戦い」は始まっていると考えて下さい。


このイベントにおける準備において、一番重要なのは『暗示』です。自分が一体どんな経歴の人間なのか、自分はこれまでの人生で一体何を見て、何を体験してきたのか。全てを捏造し、自分にそれが「正しい歴史」であったのだと刷り込ませる事。
つまり、ロクな青春を送ることができず、出来る話題といえば「高校の頃の友達が鉄の塊をヤスリで削ってナイフの様に鋭利にした物体を3年間毎日欠かさず持ち歩いて登校し続けたこと」
「人を本当に好きになったことが無いからこれから先の人生が真っ当な物になる訳がないこと」
「学生時代にあまりに人とお喋りをしてこなかったから今会話しようとするとベロの奥の方から『グキュワ』と音が鳴ること」
もしくは「金がない」「身体のどこどこが痛い」「眠い」しか無い丸腰状態のままで美容院に行くのは自殺行為だ、という事です。


日本大学芸術学部卒業生、または在学生になりきりましょう。


芸術学部というのは、いつもおばさんか地味な女子高生しかお客として扱ってこなかった美容師さんにとっては「何となくオシャレな感じに聞こえるけど、実際どんな事に取り組んでいるかはよく知らない」という様な都合のいい存在です。しかも大学は大学でも「日本」ときて「大学」です。都内大学の偏差値事情に疎い地方の美容師さんであれば「なんかすごい」と思わない訳がないのです。



また数ある学科の中から、個人的には写真学科と映画学科、演劇学科をお勧めします。
インドア派人間は大抵が「ネコの写真」か「アニメ映画」のどちらかを必ず好きになる様に設計されていますから、例え「大学ではどんな事をやってたの?」と美容師さんに突っ込まれても、適当にお得意のネコの可愛さかナウシカの話でもしていればその場は収まります。


ただ、この段階ではまだ「自分がほんとうに日芸出身なんだ」と思い込む事が大事ですから、大学ホームページを読み込んで「一体どういう事をする学部なのか」はせめて頭に入れておきましょう。


ですが細かいカリキュラム等は暗記する必要はありません。美容師さんというのはお客さんがよく分からない話をしてきたら「上手な相槌さえ打っておけば集中して髪を切ってもOKな時間」に入ってしまうので、大して聞きもしない話題をわざわざこちらからする必要は全くありません。

そうして、貴方の声に「芸術学部オーラ」が染み込んできたら、いよいよ電話で予約を入れてみましょう。
もし「男一人なんですけど大丈夫ですか?」の質問を「ハッ ええ大丈夫ですよ~」と鼻で笑われたって、貴方は日芸の大学生であって気持ち悪いインドア人間では無いのですから、これまで文化祭やコンクールで自身の作品を大衆に沢山提示してきた経験のおかげで、他人の無神経さなんて全く気にならないはずです。




2、入店

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約束した時間はしっかり守りましょう。
いくら脳内では「当時は三谷幸喜日芸のスターで俺たち日陰者は肩身が狭かった」などとテレビで見た日芸出身タレントのエピソード丸パクリで復唱していても、まだこの段階では貴方は美容師さんと会話を交わしている訳ではありませんから「何かブツブツ言ってる気持ち悪い人間」としか見られていません。


これに加えて時間も守れない様な事があれば、もうリカバリーは不可能です。
あなたの第1印象である「気持ち悪い」「髪型がクソダサい」「金持ってなさそう」でギリギリなのに、ここに「時間が守れない」と来れば、美容師さんの心は完全に折れてしまいます。


我々の様な人間は、産まれた時から小学校で足の速かった連中とは違って、いついつどんな時どんな所に行ってもハンデを背負わされているという事を忘れてはいけません。例え約束の時間に10分だけ遅れても、それが致命傷になる事に違いは無いのです。
「たかが10分」と思う方もいるでしょうが、その前に我々は「気持ち悪くて髪型がクソダサい金持ってなさそうな人間」なのです。
そんな人間が遅刻すれば、どうなるか。「気持ち悪くて髪型がクソダサく金持ってなさそうで『しかも』10分遅刻してきた人間」という完全体が出来上がってしまいます。ただ生きているだけで色んな人の顔に「限界」の2文字が見て取れる我々なのですから、一つもミスがあってはならないのです。


例え時間通りに入店しても、勿論「気持ち悪い成人男性がやってきたぞ」の視線は必ず集まる事になるでしょうが、しかし貴方は日芸出身の芸大生なのです。その前衛的な自作品を多くの人間に理解されてもらえなかった経験のおかげで、「大衆から奇異の目で見られる」という事に関して、貴方は耐性が出来ています。「今に見てろ」の精神で、心を広く持ちましょう。


さあ、鏡の前に座って、担当の美容師さんを待ちましょう!




3、対面

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いよいよ本番です。


やってきた美容師さんが、貴方の髪を恋人の様に優しく触ってきたり、貴方の聞き取りにくい話にも恋人の様に優しく頷いてくれたり、貴方の事を恋人の様に全て受け入れてくれそうであっても、決して騙されてはいけません。

「彼女は私越しにカット代3675円に媚を売っているのだ」の立場を絶対に崩さない様、心を強く持ちましょう。


ここで調子に乗ってアニメの話やゲームの話なんかは絶対にしてはいけません。あなたはもうすでに美容師さんが持ってきた「家電大特集!」みたいなのが表紙の雑誌を通して「オタクだ」と完全に舐められているのですから、ここで術中にハマってしまうと『オタク確定』の判を押され「プラス500円でヘッドスパが」「ウチで売ってるハードワックスならキミの髪質に」などと言ってドンドン気弱オタクの弱味を突いてくるのは目に見えてます。


ですからここでは、全てを理解した上でそういう格好をしている。つまり「この人は一見オタクに見えるけど、オシャレをし尽くした挙句に1周回ってのちょいダサのカジュアルファッションに落ち着いた浅野忠信の様なファッションを悟った人間なのね っていうか浅野忠信その物なのね」と美容師さんに思ってもらう必要があるのです。


そこで重要になってくるのが貴方が作り上げた「ぼくは日芸浅野忠信なんだ」という自己暗示です。ハサミを動かしながら「さあ会話フェイズ」な雰囲気になってくると、美容師さんは自分の事はあまり喋ろうとしない人が多いですから、初対面のお客さんには、趣味、今の仕事、これまでの経歴あたりをほぼ確実に聞いてくるでしょう。


ですが、焦りは禁物です。
まずは雑誌を手に取って、「ぼくは会話よりも雑誌の方に興味があるのです」と、出来るだけ最低限の会話だけを行い、序盤は自分のペースに持っていきましょう。


なんせ髪を切ってもらう訳ですから、1時間~1時間半の長丁場になる事は必須です。ですからここで最初から「日芸」という切り札を使ってしまうのは、初心者にはあまりオススメしません。
大丈夫、まだまだ慌てる時間ではありません。


4、対話


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さあ20分ほど「困った困ったオタクくん」と美容師さんに思わせた所で、1つこちらもギアを上げましょう。勿論、こちらから美容師さんに話題を振るのです。


…え?話すことが何もない?


甘えるな!いい加減にしろオタク!


…失礼、皮肉です。いえ、ここは冷静になりましょう。冷静に、冷静に。まずは現状をしっかり分析しましょう。
相手はまだ貴方という人間の情報を一切持っていない。
貴方も「日芸」という切り札を出来ればもう少し温存しておきたい。
では、貴方も美容師さんも共用している「何か」で話題を広げた方が良い。


「過去」や「仕事」などの目に見えない物ではなく、実際にそこにある物、2人が同じ視界に入れている物で話題を広げれば、もしや…イヤ、違います。「鏡に映った自分自身の気持ち悪い顔」ではありません。もしかしたら貴方が帰った後に美容師さん達同士が閉店後話題にするのがソレかもしれませんが、そっちでは無いです。


…そうです。
先ほど受け取った「雑誌」です。コレを上手く使いましょう。
例えば「オススメのスキーリゾート大特集!」の様な記事であれば「お正月とかどこか行ったりしました?」
アカデミー賞直前!泣ける洋画大特集」の様な記事であれば「最近映画とか見ました?」などと尋ねて、美容師さんのプライベートに少し踏み込んでみるのです。
この場合、「貴方が興味のある記事かどうか」であったり「中身のある会話が出来そうな記事かどうか」は全く関係はありません。「私の様な無脊椎動物にしか見えない肉塊にも意思はありますし、貴方とコミュニケーションを取る意思もあるのですよ」という意思表示を伝える事こそが一番重要なのです。だいたいこっちが金払ってるんだから美容師さんのプライベートくらい土足で上がって基金類は懐に入れて火を付けて帰ってくるくらいの権利は客である貴方に当然あるのです。


美容師さんは2秒前まで殆ど反応のない貴方の事を壁か墓石のどちらかであると思い込み始めた所ですから、無機物が自分に喋りかけてきたとなれば、必ず頑張って話題を無理くりにでも広げようとしてくれるはずです。
この1手はかなり貴方の有利に働くことは間違いなく、「石ころが喋りかけてきた」という事実は、美容師さんが考える『ウジウジオタクといえばこんなの』というイメージを完全に覆す事になるでしょう。


『話しかけてきてくれた』というワンクッションを挟めば、「旅行とか好きなんだ?」と聞かれたら「高校生だった頃に家族でディズニーランドへ深夜バスで行く時、妹が初めての深夜バスのストレスで腹痛を起こしたので離婚した父がかなりキレた話」 (「離婚した」は言わなくてもよいです)、「映画とかよく見るの?」と聞かれたら「妹と小さい頃によく映画館とすき家に2人で行ったけどそれは今思うと離婚した父がパチンコに行きたいが為の厄介払いでしかなかった話」(「離婚した」は言わなくてもよいです)といったしょうもないエピソードでも、ウケ方は全く違う物になるでしょう。


つまり美容師さん目線になって考えてみると「自分が無理やり話をさせた」よりも「あちらが話しかけてきた」の方が、会話のキャッチボールをする上ではずっと印象が良い、という事になるのです。


そうやって序盤を凌ぎつつ、自身のオタクイメージをある程度払拭する事に成功したら、いよいよ日芸アピールを挟んでいきましょう。
しかし、ここで勘違いしていけないのは、ここは貴方が日芸大学生である、またはあった事を証明する場では無いということです。あくまで貴方のイメージを向上させる為の日芸アピールであるという事を忘れてはいけません。


例え美容師さんが想定以上に話に食いつき、講義内容の詳細を聞かれたとしても、「いやーでも色々やりましたよ」くらいであまり語ろうとしない様子を見せれば、貴方の印象はここまでの過程によって悪くなっている訳ではないので「勉学に熱心な学生では無かったのだろう」くらいに思ってくれるでしょう。


ただ、勉学以外の大学生活について話す事が出来なければ、「猫とジブリ細田守映画の話しかしないし、オタクなのかな?」と結局舐められる可能性もありますから、出来れば『ハチミツとクローバー』か『太陽の塔』などの勉学の内容には殆ど触れていないパクリ甲斐ある大学を舞台とした作品は読んでおいて欲しい所です。


日芸』というワードで「あまり話したがらないけれど何かオシャレな事をやっていたらしい過去」を匂わせ、漫画や小説のエピソードで「勉学以外の大学生活」を形成していくと考えると、序盤は雑誌の何かしらの記事で美容師さんに話かけることで時間を稼ぎ、中盤以降で件の「日芸」の切り札を使用、貴方のイメージアップ、更には貴方がハチクロの竹本くんになり切る事で楽しい楽しい大学生活の一部も語る、というのがここまでの大まかな流れになります。


この間に美容師さんは美容師さんにとっての本題である「今日の髪型」について色々質問してくるでしょうが、そんな事に構っている暇は貴方にはありません。
「もうちょっと後ろ切りましょうか?」と来たら「お願いします」、「ワックス付けて行きますか?」と来たら「お願いします」、「眉毛も少し整えていきますか?」と来たら「お願いします」で全て受け入れてしまいましょう。
(「瞼切り取ってよろしいですか?」は「眼球が乾くからダメ」です。)


5、退店

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髪を洗ってもらって席を立ち、お会計を済ませ退店したら、チラ見でも構いませんから必ず店内の様子を伺いましょう。貴方が退店した瞬間、「ドッ」と店員とお客さんが一斉に笑い出しているかもしれません。


また貴方がTwitterアカウントを持っていれば「◯◯(美容院の名前) 気持ち悪い 客」などで検索してみるのも忘れてはいけません。


もしこの作戦が失敗していたとなると、貴方は相当痛いお客さんになっていますから、必ず美容師さん本人、もしくは店内にいた別のお客さんが「さっき髪切ってたらwwwww」などの記事名でインターネットにレポート掲載、すぐにハムスター速報にまとめられ住所特定、数時間後にはホモのハッカーがご自宅に派遣されている事でしょうから、万が一に備えて必ずアナルをコンクリで埋めるかセメダインで塞いでおきましょう。


退店後に笑い声も聞こえず、検索しても件のレポートが掲載される様子もなく、散髪3日以内にニートのゆうちゃん 日芸合格おめでとう』などと自宅の壁にスプレー缶で書かれる事もない様であれば、貴方の作戦は成功したと見ていいでしょう。(インターネットの悪い人間にとっては、ニートは全て「ゆうちゃん」なのです)


自宅に張り巡らせたビニールシートを剥がし、アナル内のコンクリをダイアモンドカッターで掻き出すまでが「インドア派にとっての散髪」であると考えてください。


6、おわりに

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インドア派の散髪をここまで振り返ってみた訳ですが、ここで新たな問題が1つ浮上してきます。そう、貴方の髪はまた伸びてくるのです。つまり、突貫工事で作り上げた「日芸の貴方」という空っぽの存在を、髪が伸びきった3ヶ月後、再び貴方の中に蘇らせる必要があるのです。ですが、恐らくこの問題は今回の作戦を乗り切った貴方であれば、大した障害にはなり得ないはずです。


貴方はもう只のインドア人間ではない。
役者です。
存在しない人間になりきり、アドリブで1時間弱架空の人格を語り続けた貴方ならば、日芸大学生の新たなストーリーを紡ぎ続ける事はきっと容易なはずです。そうやって何度も同じ美容院に通えば、だんだん担当の美容師さんも貴方という人間の気持ち悪さにも慣れてきて、あちらから話題をドンドン投げかけてくれる様になっていきますから、そのうち日芸なんて有耶無耶になります。


ですから、最初がやはり肝心です。ここまでの『準備』をしっかり身に染み込ませて、表に出てもいい様な人間のフリだけは完璧にしておきましょう。


もしも今回の散髪がイマイチ手応えの無いものであったなら、別の美容院に行ってみるのも手です。
今回の失敗を次に生かし、傾向と対策さえしっかり把握しながら「2回目の日芸大学生」を演じる事は、「怖い怖いと言いながら各地の美容院を何の目標も無く転々としていく」のと行動さえ同じものの、その『姿勢』は全く別物です。


本当の自分自身を提示して恥をかくくらいであれば、全く別の人格を作ってしまえばいい。誰にとっても幸せな人格を作り上げる事を提案しながら、今回はここでおしまいという事にさせて頂きます。