ハチミツとクローバーは最高に面白い漫画です

ハチミツとクローバーの読み過ぎで「コートに煙草とコーヒーの臭いが染み付いている奴が女にモテる」という勘違いを中学生の頃からずっと続けている。周囲に誰もいない所を見計い、私のコートを着てボンヤリしてる女がボンヤリしてる合間によく分からない男に長野の蕎麦屋に連れていかれる事態になる可能性もこの場合考えられるが、今はそんな事はどうでも良い。私は「女に片思いされる」→「私、その気持ちに気付きながらも、その女を蔑ろにする」→「女、それでも私を諦めないし、私のことを忘れられずに他の男を振り続ける」→「私、就職したり他の女と寝たり美容院でパーマをかけたりする」という一連の流れが出来るのなら、他人の心なんぞ知ったことではない。


大人ならではの嗜好品が「大人っぽさ」の演出には一役も二役も買ってくれる訳である。私も大学生だった頃は「コレもいつかのモテ期の為」と煙草を吸ったり酒を飲んだりヘドロの様なコーヒーを飲んだり日本経済新聞を購読したりMONOマガジンの29万8000円する腕時計の記事やBRUTUSに掲載されたアメリカのセレブ事情を読んで「どう考えていいのか分からない」と悩んだりしながらも大人らしくあろう、成人男性らしくあろうとチャレンジした物だが、結局どれも長続きしなかった。

煙草はもう2年くらい吸ってないし、アルコール類も1週間にビール350ml缶を1本でも飲めば多い方、新聞もテレビ欄とスポーツ欄、あとは新潟日報に毎週連載されてるキノの旅を読めばもうお腹いっぱいだ。何だか年を重ねるに連れて趣味が子供っぽくなっているのは気のせいか。

出来ればカッコいい大人でありたいとは思う。「緑の半ズボンを着て、足にはカクレンジャーのキャラ物ズック靴を履き、公園でカラーボールで野球をする子供の様な純真な心を忘れない成人男性」と「体は子供頭脳は大人、好きな食べ物はアンコウ鍋と白子とフキノトウの天ぷらの、天才神童シュッとした名探偵少年」のどちらかになれ!と強制されたら、やっぱり後者を選びたいもの。『大人の体で子供の趣味』よりも『子供の体で大人の趣味』の方が、何となくスタイリッシュだ。あと名探偵だし。

しかしいつまでも身の丈に合わない「スタイリッシュさ」を追い求めても仕方がない事は分かっているのに、心のどこかでまだ『ダ・ヴィンチを購読して図書委員の女子にモテたい』『コーヒーが何十杯も飲める人間になってデザイン会社に就職して山田さんに好かれたい』と願っている自分がいるのも確かだ。

そういう矛盾に未だに苦しめられている。思うにコレは、「思春期にどういった順番で何に憧れたか」でこの苦しみは説明できるはずだ。幼稚園で『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』の見過ぎで「大きくなったらジャイアント馬場になりたい」と願い、小学生で細川ふみえが半裸で鎖骨より上だけ見せた状態のまま浴槽の中で踊るバスクリンのCMを見て「大きくなったら縦に長いテレビを買って細川ふみえの全裸が見たい」と願った様なバカな子供が、そのまま中高生になって読んだハチミツとクローバーで「大学に通ってオシャレな大学生活をエンジョイしたい!」なんて憧れるのはお門違いもいい所だ。「実の父親よりジャイアント馬場の方が好き」「トゥナイト2を思う存分観れる大人はやっぱり卑怯だ」などと心から言える子どもには、そんな物相応しくない。

政府は『正しくて安全な子どもの憧れ方』という様な手引きを各家庭に配ったり、道徳の教科書と一緒に学校で配ったりするべきではないだろうか?正しい健全な子どもは幼稚園で「お父さんみたいなカッコいい大人になりたい!」「大きくなったらパパと結婚する!」と叫び、小学生になってもおちんちんからオシッコ以外の物が飛び出るとは知らずに育ち、「イチローになりたい」「大工になりたい」「恐竜がカッコいいからいつかジュラ紀に行きたい」と願ってから、ハチミツとクローバーを買い与え読み聞かせるのが正しい手順の憧れの持ち方であると、全ての少年少女に教えてあげた方が良い。

何ならハチミツとクローバーを18禁のビニ本にしてしまえばいいのだ。コンビニのエロ本コーナーに置くのも良い。どうしてもエロ本の表紙を一瞬でも見たい小学生が、店内を何十周もしながら歩きつつのハチミツとクローバーをチラ見。股関を膨らませながら足に乳酸を溜め込みながらのハチミツとクローバーをチラ見。「夢も憧れも対象年齢があるのだ」という事を、精通していない少年も知るべきだ。




ハチミツとクローバーを読んだ事がなく、ここまでの文字列が何の事かさっぱり分からない方は、レンタルでもいいから是非全巻読んでほしいです。最高に面白い漫画ですし、どういう話なのかといえば、大体が『人の気持ちが蔑ろにされる話』です。)