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何故「夏にどこにも出かけないなんて、それは最早『悪』!」という思想がどこのご家庭にも蔓延っているのか?

だんだん「暖かい」から「蒸し暑い」に気候が変わってきたが、こういう「夏本番」を思わせる季節になると必ず思うのが「お前らいい加減にしろよ」だ。


新聞では海開きの様子が報道され、街は『汗の権化』の様な匂いを発した色黒半ズボン少年で溢れかえり、私立文系大学はとっくの昔に夏休みに入りがらんどうの空洞化、平屋の窓からは死にかけの寝たきりおばあちゃんが熱さによって体力がドンドン奪われていく様子が垣間見え、ランク王国のRankin Qでは水着ブス3人に『エッチは何回目のデートからOK?』という誰からも望まれない質問を浴びせ、『2回目』という誰からも望まれない回答を行うという『言葉への冒涜』としか思えない数分間を電波に乗せて日本国民に提供する。(週間マンガ売り上げランキングで5秒だけ映る『ふたりエッチ』の画像で数週間興奮できた私はどこから来て一体どこへ消えたのか?)


夏は出逢いを求めるにはうってつけの季節である。男女はオートマチックに薄着となり心も幾分解放的、海に行っても山に行っても、そこには「異性との出逢いを経て最高の夏を経験したい」という男同士で遊びに行こうぜ女同士で遊びに行きましょうというデコイを使ったセックス狙いの男女が溢れかえっている。ただ、その夏の太陽が、入道雲が、水色のポロシャツが、黒のキャミソールが、「海行って最高の女抱いて親友同士で焼肉パーティーやっぱり夏最高!」という様な事をラップに乗せて歌えば必ず安定した収入が毎夏得られるアーティスト達が、ブスの発する「見て キョウモソラガキレイ 夏のバジルの冷静生パスタください」が、私は気に入らない。


何故、毎月毎月浮かれながら暮らしている様な人間の「ナツサイコー」に、わざわざこちら側が擦り寄ってテンションを上げに行かなくてはならないのか、何故「夏にどこにも出かけないなんて、それは最早『悪』!」という思想がどこのご家庭にも蔓延っているのか、何故夏には「お盆」とか「終戦記念日」とか結構厳かにしておかなければならないイベントが結構あるのに「12,13日は鎌倉行って海水浴、14,15日はお盆でシュン、となっておいてからの16日からはみなとみらい!スカイツリー!美味いメシ!イェア!」の様な感情のアップダウンが夏が好きな人間は可能になってしまうのか、何故夏のそういうもの悲しい様な部分を切り取って物語を作る事のできるくらいに力のある小説家は、家にずっといるかアルバイトで夏の1日を時給750円でいつもの様に無下に捨てているフリーターの日常を文字列に記して出版する事は未来永劫無く、とにかく風が適度に吹いている様な架空の高台で架空の男女に架空の運命的な出逢いを提供する事をいつまでもいつまでも続けているのか。


夏がもたらす気温が、気候が、湿度が、旬の食物が、文化が、浮かれた若者が、入道雲が、ギラギラの太陽が、鎌倉を舞台にした物語が、私は気に入らない。『制作 20世紀フォックス』の様な静かな夏の木漏れ日の中を、明らかにバスタオルとしか思えない様な巨大な布切れを片手に大量の汗をかきながら下校していくデブの高校生など、できれば私は1度も見ること無く死んでいきたかった。


「夏」という季節に甘える様に、この夏で俺の人生を劇的に変えてやるんだ!などと馬鹿な事を考えてはいけない。只々女子が体毛の処理をしだす1日に特別な感情を抱く様な人間が、その日を境に「後悔だけはしたくないんだ」などと決意し、誰かの電話に告白を行う様な物語を始められる訳がない。夏だから、という『だから』に負けている時点でソイツはすでに『負けている』し、『海辺で皆で騒いだ後、女友達の集団から一人外れ、小さい体を丸めて線香花火をボーッと眺めている黒髪物憂げメガネ女子』という幻想から抜け出す事はできない。


そんな女子はケツメイシのPVや細田守の映画の中にしか存在しないし、よく目を凝らしてみてばその光は恐らく『夏の飲酒運転防止の為に検問にご協力下さい!』の警官が持つ誘導棒と発光ベストの光であるし、そして君は幻想に苛まれたまま、ボーッとしたまま警官を軽自動車で轢き殺し、現行犯逮捕され、職も失い友も離れ親からも見捨てられ、最終的にはそのまま社会的に死んでいくのだ。


サマーウォーズ』とは天才数学少年と憧れの先輩との甘酸っぱい一夏の思い出などではなく、自身と夏のウェーイ系大学生の思考にどれだけ惑わされないか、という思想と思想のぶつかり合いであるべきだ。サマーウォーズ本編だって、結局は葬式の最中なのに急に歌い出してキスしだす『どうかした家族』とカメラに写せないくらいに侮蔑の表情をした(してるはずの)『参列者』という対立構造でエンディングを迎えていた。流石、日本アカデミー大賞を受賞する映画だっただけの事はある。