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「モラトリアムからの脱却が怖い」などと考えている。


もうおちんちんが元気になるタイプのビデオを借りる事を「貴方をもう大人ですしその性欲の矛先如何によっては警察のお世話になる可能性もある訳ですから、お父さんお母さんを泣かせる前にコレで性欲を発散させなさい。ホラ許可を出してあげる、だから前を向いて。」と許され、国からのGOサインが貰えた年齢に達してからすでに数年が経過しているというのに、未だに思春期からの完全なる脱却が叶わない。中学生じゃあるまいし。


明らかに思春期からの脱却に成功したと思しき、デザイン会社に勤務しツーブロックに髪を切り揃え黒縁眼鏡を装着、一見絨毯にしか見えない服を完璧に着こなす20代中盤美術大学卒業成人男性なんかは、一体どういった経歴で思春期の鎧を脱ぎ捨てる事に成功したのだろうか。


カット4500円の美容院でもみあげをバリカンで刈り上げた時か、美術大学文化祭での出品の為に画材屋へ後輩の女子を引き連れて入店したその時か、トンボの様な眼鏡をかけた自身の顔を鏡で見た時に「イケる」と信じ込んだその時か、それともセックスした時か。


多分セックスだ。
セックスは人間から思春期鎧を取り上げ、代わりに絨毯の様な服を着せてくれるのだ。

私はデザイン会社に勤務もしていなければ、自身の顔に「イケる」と判断した事も無い様な(「逝った」とは思う)人間であるので、思春期がいつ完全に終わるのか、想像をする事もできない。


私が3年間を過ごした工業高校で黙々とハンダ付けをしている合間に、多くの学生が己の思春期にピリオドを打つべくセックスを行ったのは想像に難くない。私がハンダごてを使ってプリント基盤の配線をアホの様な顔をしてくっ付けている合間に、沢山の性器と性器がくっ付いていたかと思うと、腸が煮え繰り返る。全部くっ付けるぞ。


思春期を終わらせるべきタイミングをずっとずっと逃し続け、特に目的意識も無い「何となく」な生活を何年も続けている私にとって、日々思うのは悲しいかな「たられば」の妄想ばかりだ。


もし、工業高校に入学していなかったら…

もし、帰宅部ではなくちゃんとした部活に入部していたら…

もし、小さい頃からもっと本を読んでいれば…

もし、友達選びをもっと慎重に行っていたら…

もし、あの時あの扉を開いていなかったら…



…不毛だ。
だが妄想とは不毛であるべきだ。不毛でない妄想など妄想では無い。ではそれは何か。恐らく「不毛な妄想」は、デザイン会社勤務20代中盤美術大学卒業成人男性の様な、真っ当に生きている社会人を構成する要素にはなり得ない。


「履歴書」だ。「不毛でない妄想」は「ちゃんとした履歴書」だ。自動車免許は勿論取得、TOEICの点数も人様に見られても恥ずかしくない程には書き込まれ、童貞臭など一切感じさせないさわやか笑顔の顔写真で構成される「ちゃんとした履歴書」。不毛な妄想の入り込む余地は全く無い。


しかし「妄想」というと、ニコニコ動画大好き中学生がよく発しそうな「趣味は妄想ですw」という様なクソみたいなクソを連想させるが、選べなかった可能性への後悔がそこに組み込まれていたとしたら、それは自虐趣味とも言えなくない。


例えばアスリートなんかは、徹底的に体を虐め抜き、そして大きな試練を乗り越えば乗り越えていく程、心と体に自信を植え付けていく。「高ければ高い壁の方が登った時気持ちいいもんな」と櫻井さんも歌っているが、妄想という自虐趣味に耐えに耐えた所で、只の気持ち悪い人間である私と貴方は(貴方、気持ち悪いですよね?)精々卑猥な妄想でおちんちんを強くしたり大きくしたり気持ちよくなったり程度の事しか出来ない。妄想で体が鍛えられたなら、今頃腹筋も8つに割れていることだろう。


真っ当な試練を克服するとか、メンタルを強くするとか、心を整えるとか、そういうのはちゃんとしたアスリートに任せておけばよい。我がブログ「たいして眠くもないくせに」は東京2020オリンピック招致を応援しています。