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心にストレスを与えないような効率のよい買い物の仕方

ブログというのは元々「お役達情報」の他に「日々の生活で起きた出来事」というのを長々と面白おかしく書き上げる物であるらしいので、ここは「田舎に住む手取り8万円フリーター」という独自の視点を持つ私が「最近購入した物」を今回は書いてみようと思うし、恐らく全世界は「雪国に住む気持ち悪い成人男性が一体どういう買い物をし、どういう娯楽で空虚な日々を埋め合わせしたいのか」という事を知りたくて知りたくて我慢出来なくなった末での『戦争』や『テロ』であると私は信じているので、「人助け」だと思ってプライベートの切り売りを行おうと思う。(しかし「行おうと思う」というのは字面だけで見ると嘘みたいな日本語ですね)なので黒人は必ず見る様に。




・スカイリムを買う

Amazonで新品4480円で購入したスカイリムでは「死霊術師」の如く、殺した山賊やら殺した気持ち悪い生物やらを魔法で蘇らせ、自らの駒として戦闘に参加させている。


私はどうやら自分の頭の中で物語を捏造するのが大好きの様で、例えば洞窟内で広い空間に山賊が2人待機していたとすれば、まず弓矢で遠くから1人殺した後は、もう1人にどんなに片手剣んで斬られ斧でぶっ叩かれようがお構いなしで、殺したての山賊の死体を魔法で蘇らせている。


そして、ついさっきまで仲間だった者同士で殺し合いを始めるのを、遠くからいつも『ソッ』と見ている事に何よりの快感を覚える。当の山賊本人たちは「デヤッー!!」「ホアエーッ!!」としかセリフとして発してくれないのだが、ココに物語を挿入できる余地がある。「コイツは今何を思っているのだろう コイツはどんな悪意を私に抱きながら仲間の死体と殺し合いをしているのだろう」と想像するだけで、楽しい。


思えば私は小さい頃からそういう「勝手な挿入」が好きで、一番最初の挿入は中学生の時に妹から借りた「魔法先生ネギま!」に私自身を登場させて、「麻帆良武道大会ベスト8」とか「右手は義手で戦闘の度に折られて借金がスゴイ」とか、毎週風呂の中で脳内連載をずっと考えていた。


何なら週刊マガジンを「私を登場させる余地が欲しい」という只それだけの為に購入していた。ストーリーとかはもう何でも良かった。「架空の私は沢山の中学生に好かれ魔法で戦いながら暮らしているる」という想像さえ更新されていけば、それでよかった。とても不躾な漫画の読み方だったと、今になって思う。





ドン・キホーテで財布を買う

ドン・キホーテで4980円の財布を買った。高校生だった頃に靴流通センターのレジ前に置いてあったコンバースのロゴ入り1500円財布を買って以来の財布購入だったので、もう7年ぶりの新規購入という事になる。24歳にもなって小学生が使う様な財布をずっと使っていたので、レジで買い物をする度に「ああ絶対に店員さんに笑われているぞ」と勝手にショックを受けながら会計をしていた。全部私のせいなのに。


物にあまり執着心が無い。財布もボロボロだし、メガネも高校生だった時から同じ物をずっと使っている。私以外の人間は気が付くと新しい何かしらの小物を手にしているし、しかもそれが「いいなあ」と思わせるスタイリッシュさも兼ね備えている場合がかなりあって、コレは完全に不平等だと思う。私にだけ「オシャレ小物」の情報が上から全く降りてこない。メディアも口コミも、完全に私の耳に届く一歩手前でシャットダウンされている。


私が興味を持って情報に耳を傾けないからだろうか、いやそれにしたって極端だ。国が一丸となって私を『クソの様にダサいクソ以下の人間』として陥れ、生涯をクソのままに全うさせようとしてくる。


4980円の財布を購入したのは、せめてもの『反逆』だ。このまま上の思い通りになって溜まるか。近所の美容院のポイントカードも、ABCマートのポイントカードも、ゆうちょ銀行のキャッシュカードも財布に捻じ込んでやった。どうだ!コレで完全に『できる』オトコになったはずだ。『できる』オトコは美容院に行って一番可愛い女性店員を指名し、ABCマートで27cmの靴を試し履き、店員に足の親指の部分を押されながら「ちょっとキツいですね」などと言われ、ゆうちょ銀行で振込手数料210円を、まるでドブに捨てるかの様に平気でATMの海に投げ込むことが出来る。コレが幸せでなければ、一体何を幸せと呼ぶのだろうか?



ニトリで本棚を買う


完全に失敗した。結局、私は何故本棚を欲しがったのかというと、「こんな本を読んでいるので私にはこんな教養があるのですよ」という事を、私の部屋に入り本棚を覗いた人間にアピールしたいからであった。しかし、作戦ミスだ。


少しお金を多めに出してスライド式の本棚を買ったはいいが、左右にスライドできる棚にライトノベル、スライド式の棚をくぱぁする事でお披露目になる奥の方の棚には小説や新書を置いてしまった。パッと本棚が目に入った時は「ハッ、ラノベばっかり読んで キモ 死ね」と言われながら棚をスライドすると、そこには頭良さげな本の数々。「失礼がありました どうかお許し下さい」と私の感性を疑う人間たちを土下座させる為にこの本棚を買った様な物であった。その落差を楽しみたかったのだ。


しかし、やはり物事というのは思い通りに転がってはくれない。そもそも「私」という人間を、この私自身が見誤っていた。この私に「他人に自分の本棚をスライドさせる」までの魅力はなかったのだ。私の部屋に入る人間入る人間、本棚をチラッと見た後は私を見もせずに「キモ」か「職安行け」か「金返せ」しか言葉を発しない。


それはそうだ。私の人生には「私」という人間の事を知りたがっている人間などいやしなかったし、キモいし、職安行ってないし、金も返さない。私は自分が恥ずかしい。いつの間に私はダ・ヴィンチからインタビューを受けて『私の一冊』を選び、雑誌掲載用の本棚の写真をいつ撮られてもいいような心持ちでいたのだろう。いい加減「心にストレスを与えない様な効率良い買い物の仕方」というのを覚えなければならない。



とりあえずダ・ヴィンチ魔法先生ネギま!は当分買わないようにして、駿河屋で大量の新書を注文。ちょうど今日はタイムセールを行っていたはずだ。教養があるように擬態さえできれば、私はそれでいい。できるオトコを装えるなら、それでいい。あとはほんの少しの暇つぶしが出来るゲームさえあれば、多分私は独房とかでも生きていけるのだと、今日書いてて思った。