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弱視による4つのメリット

「損得感情を抜きにして他人と付き合う」というコミュニケーションの取り方は、すでに大人になってしまった我々にとってはもう難しくなってしまいました。

「この人間は自分に利益をもたらすのか?」
「コイツと一緒にいる事で周囲からの評価が下がる事は無いのか?」
「ストレスを限りなく感じない様なお付き合いが出来るのか?」

知らず知らずの内に、私たちは「交流の幅」という物を狭めていきます。自分に不利益を与えそうな人間と一緒にいる事による精神的摩耗は計り知れませんし、心にゆとりをもたらしたいのであれば、自分にとって都合の良い相手とだけ交流を深める、というのは至極当然の事です。
それこそ、そこに「愛」でも無い限り、わざわざ面倒臭い人間とお付き合いする必要はない訳です。


それは「人対人」だけでは無く、勿論「人対物」においても当てはまります。


「自らの癒しの為にお母さん犬と別れ離れにさせてまで、まだ小さい子どもの犬を我が家に連れ込む」
「来賓席にいる王族に舐められるので一度着た服はもう着ない」
「コレは友達から半年前に借りたゲームだがその友達はクラスで自分より立場の低い人間だし何も言ってこないのでゲオに売ってしまっても良いだろう」


物というのは感情を持つことが出来ない分、比較的容易に「損か得か」の一番キツイ部分を投げかける事が出来てしまいます。


私たちの生活に欠かすことの出来ない「インターネット」も「物」として捉える事が出来ます。
このインターネットは私にとって利益をもたらすでしょうか?
このインターネットは将来的に見て私の役に立つ物になり得るのでしょうか?


思えば、インターネットにおける「ブログ」というのは元々「お役立情報」を書くものと聞いています。
先月買ったカメラのレビュー、簡単な壁面本棚の作り方、iPhoneが動かなくなった時の対処法、子どもとはどうやって作られるのか、夜になるとお父さんとお母さんは布団の中で何をやっているのか、私が4歳だった時に妹が産まれたという事実を逆算して考えるといつどのタイミングで隣の布団で寝る私に気付かれない様な声押し殺しセックスが行われたのか。


この世のあらゆる疑問、難問は「ブログのレビュー」を通して解明されているといっても過言ではないでしょう。


しかしこのブログはどうだ。人様のお役に立てる情報など何一つ記していない。このガラパゴス社会においては、いついつどんな時に「人間にとって全くの利益なし」「やはり駄目な人間の書く文字列なのだから駄目に決まっている」「とにかく死ね」と誰かの損得感情の渦に巻き込まれているか分かりません。


『得』『利益になる』を突き詰めていけば、きっと「行きつけの喫茶店でこのブログを読んでいるのを後ろから読書好きボブカット眼鏡女子に覗かれ『コレ、面白いですよね』と話しかけられる」という様なシチュエーションを、この私が見ず知らずの貴方に作り出してあげる事だって可能な訳です。


今こそ「自己満足」から一歩、踏み出す時が来たのではないでしょうか。この世界の誰かから見つけてもらうには、胡座をかいて「誰か救っておくれよう」と虚空を見つめているだけでは足りないのです。私の身体とこの魂が歩んできた24年間という人生の中で、世界の皆様にご提供できるトピックは何なのか。何を私は見て、感じて、学んできたのか。歩み寄らなければならない時が来たのです。











視力が弱くラッキー!視力虚勢をせずに日々を生きる事によって生まれる3つのメリット


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皆さん、こんにちは!

昨今は「メガネ女子」が大人気ですね!『オシャレ』にメガネを上手に組み込める…こんな所にも、皆さんの女子力が垣間見える瞬間があったりします!恋愛モードに入る前に「ちょっと目付きが悪い人は好みじゃない」なんて、『友達としか見られません!』宣告をされちゃう事態だって、メガネさえあれば防げちゃうのです!

終わらせたくない恋、絶対モノにしたい恋。それをみすみす「目が悪いから」なんかで逃せる訳がありあせん。

だけど、ちょっと待って!
本当にそのメガネ、貴方の為になってる?本当にそのコンタクト、付ける意味はある?
本当にその去勢した視力、モノにしてる?

ここではきっといつの間にか見逃しているであろう「視力を去勢する事で生まれるデメリット」と「視力を上げない事によるメリット」を考察していこうと思います。





気付いて!ブスはメガネをかけてもブス

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メガネ女子」なんて言葉はあるけれど、コレは「元々可愛い顔をした女の子がメガネをかけたので、メガネをかけても可愛いね!メガネ女子!」という事。

『オシャレなメガネ』自体は、この世に沢山存在します。だけどコレを「自身の顔面偏差値を上げてくれる」なんて認識するのは大きな間違い!ブスがオシャレなメガネをかけても「あっ、ブスとオシャレなメガネだなあ」としか思われません!しかも、「じゃあ地味なメガネを」とオーソドックスな黒縁メガネを選んだ所で、結局貴方はブスなので、コレもしっくり来る事はありません。

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「視力を上げようとさえしなければこんな事にはならなかった」と部屋の隅で丸い身体をますます丸くする前に、「メガネはかけない!私はブス!」と腹を決めましょう!


不思議!金が全然かからない!

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「物の対価」を考えた事がありますか?
メガネにしろコンタクトレンズにしろ、より良い物を選ぼうとすれば、勿論それに比例して費用は重んでいきます。

メガネであればフレーム代やレンズ代にメガネスーパーに行くまでのガソリン代。コンタクトレンズであれば眼科で検診を受ける際の医療費、レンズ代に洗浄液代、眼科に行くまでのガソリン代。ウーン、山暮らしの低所得者にはチト厳しい…。

ただ「視力を上げよう!」と思っただけのはずが、いつの間にか財布の中がスッカラカンなんて、絶対イヤ!

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でも視力を矯正さえしなければ、アラ不思議!メガネを買うはずの予定で貯金しておいた2万円が、通帳に残せる!家計をあれぼど苦しめていた月々のコンタクトレンズ代が、奨学金返済に回す事ができる!

ぼやけた視界で美味しい物を食べに行きましょう。目を細めてどこか遠い所へ出かけてみましょう。視力なんぞにかけるお金があるのなら、自分を目一杯磨きましょう!新たな出会いが、貴方を待ってるかも!


ストレスにサヨナラ!見たくない物を見なくて済む

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この世に存在するほとんどの物は人間にストレスを感じさせる様に出来ています。

他人の表情ひとつ取っても、会話中に相手の頬がピクッと動くのが見えたとすれば、「自分の発言に失礼があったのだろうか」「この会話自体早く終わらせようとしているのではないだろうか」「この職場ではいつも私の悪口で持ちきりになっているのだ」とありもしない妄想に囚われた挙句、『何も楽しくない』とTwitterに書く羽目になってしまいます。何も起きてないのに。

『見えすぎる』というのは、それはそれで考え物です。「情報に埋れて身動きが取れなくなってしまう」と「元々のネガティブ思考」が合わさると、脳内が嗅いではいけない匂いでイッパイになってしまいます。

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そこでオススメしたいのが「始めから何も見えない」を徹底する事です!「何も見えない」「何も感じない」という事は「最初から何も起きていない」という事。「目の前で起きている事件」と「私」という関係性は『目が悪い』という事で打ち切られてしまうのです!

「ブス・ブサイクな顔を更に際立たせる」という事も未然に防げ、お金もかかる事は無く、私の身の回りには事件など何一つ起こらない。『とにかく上げた物勝ち』と思われがちな視力ですが、見方をひとつ変えれば、弱視にも多くのメリットがあるのです。

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なにはともあれ、まずは行動あるのみです!春は恋の季節。春らしい穏やかな風に吹かれながら、おろしたてのスニーカーでメガネを蹴り割ってみるのはいかがでしょうか?