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百点満点人生答案用紙

小学校では足が速く勉強もでき、中学校では部活動に勤しみ初恋を経験し、高校では恋人を作り性体験を済ませ受験に励み、大学ではサークル活動に友達と飲めや歌えやのバカ騒ぎ、そして就活を乗り切り何とか私も社会人。自分の為、会社の為、恋人の為、今日も社会の荒波に立ち向かいます、辛いけど、仕事楽しいッス!彼女が作ってくれるオムライス、美味いッス!


…というのが「20代中盤にさしかかる成人男性の100点満点の人生」であったとしたら、私の人生は一体何点になるだろうか。


小学校ではクラスの足の速い男子から「私の家で遊ぶ=遊戯王カードの収穫時」の様な方程式を組まれる事で、毎週毎週遊戯王カードを死ぬほど盗まれ、中学では小4で覚えた自慰が本格的に生活リズムを狂わすほどに日々の日常で猛威を振るい、高校では両親が離婚し、母の実家に住む事になってから毎日祖母からの「お金送るからね…お金送るからね…」の留守電を聞いてブツブツが皮膚に浮かび、大学ではサークルを潰すなどした後はインターネットと毎日飲めや歌えやの大騒ぎ、そして就活を失敗し実家に戻る事で何とか私もフリーター。母からの借りたお金の返済の為、クレジットカードの返済の為、奨学金の返済の為、今日も時給750円8時間労働に立ち向かいます、辛いし、辛いけど、でもなんやかんや言って、やっぱり辛いッス!冷蔵庫開けたら何にも入ってなかったから、お湯飲んでるッス!お湯、飲んでるッス!


…なんだコレは。ふざけるな。100点どころか「コレを人間の生き方として比較に用いるのも失礼ではないのか」とさえ思ってしまう。ざっと書いた中でも、かろうじて得点を得られそうな箇所も「自慰」と「戻る実家がある」、あとは「意外に深夜に飲むお湯が美味しい」くらいしか無い。

しかし、ここまで100点の人生を送っている20代中盤男性にとっては、そんな物ゴミカスだろう。自慰しなくても「結婚を前提に付き合ってる彼女とのセックス」が彼にはある、戻る実家が無い訳は無く「Fカップ美魔女の母と、大学生にもなっても兄離れできない妹がお兄ちゃんお兄ちゃんと言いながら、今日もいつの間にか俺の布団の中に潜り込んで寝てやがる どうりで温もりを感じると思ったら…」の実家が彼にはある、深夜にお湯なんか飲まなくても「飲む物が無いのなら女の股間に手を伸ばせてみればいいじゃない」の、粘着質ある液体が彼の傍らにはいつでもある。

100点満点人間の目線で考えれば、ヘドロを体に擦り付ける様にして、匍匐前進で這いつくばる様に進みながら生きる0点成人男性の小さな「自慰の楽しみ」、小さな「お湯の美味しさ」など、『無い』に等しい。

人生の得点を得よう、人生の得点を得ようと考えても、『無い』に等しい日々の中では、いつまでたっても0点男性のまま。これでは人生から「このテストを受ける様に 満点は100点 合格ラインは60点」と渡された答案用紙が、私の物だけ全問正解しても得点配分の低さによって、15点くらいにしかならない風に作ってある様な物だ。

これは、「そうやって最初から決まっていた」という風にしか考えられない。遊戯王カードが発売される時期に、私が小学生だった時点で、「0点」の幼少期は決まっていた。

同じ様に自慰を覚えた時点で、気持ちの悪いルックスを私がしていた時点で、父と母が出会った時点で、私に渡される答案用紙は、やけに問題数の少ないスッカスカの紙切れであるのは決まっていたのではないだろうか。


元を辿れば、私を産んだ両親の人生の答案用紙自体が、出来の悪い物であったのかもしれない。両親が得点の低い人生であったが為に、より得点が取りにくい「私」の問題用紙が作られてしまった。その得点の低い両親を産んだ、という事は、更に両親の両親も得点が低かった事になる。


人生得点の低い人間を人生得点の低い人間が産み、その人生得点の低い人間を産み出した人間を産み出した人間の人生得点も、また底辺。そうやって子どもを作れば作る程「人生得点を獲得しにくい人間」が誕生してくる。この得点配分の低い人生答案用紙は、多くの先祖の怠慢が積み重なった上に作成されている。

人間の起源をずっとずっと辿って行けば、原始人やチンパンジーに行き着くが、もし過去に戻る事が出来たとして、「どの時点で過去を改変すれば、人生得点の得られやすい環境を手に入れられたか」を考えた時には、私の先祖がマンモスを追いかけ回したり、貝塚を掘ったりしてる時まで遡らないと、この病巣の深い15点満点人生答案は覆ってくれないのかもしれない。

もしくは、自慰を覚える時に遡って「我慢しておちんちんをオシッコ以外に使わない様に生きる」。いつか「自慰さえ覚えなければ、自慰さえ覚えなければ」と、泣きながらニートの我が子を抱きしめる事になるのかもしれない。すまぬ。すまぬ。