許されたいんですよ、私は

「反省する」という行為自体を、私たちを取り巻く社会は義務の様に完全に信じ切ってしまっている。振り返ってみれば小学生であった頃は、昼休み後に行われた掃除の時間の際にも終わり際には、必ず「今日の掃除帳」なる物に『今日の反省』を書かされた記憶がある。行動一つ一つに対しての「反省」がその後の日常をより良くする物であると、誰だか分からない偉い人は、心の底から信じきっている様だ。


しかし、どうだろう。果たして日々が、怠さ、眠さ、帰りたさで思考の殆どが埋め尽くされてしまっている脳髄で、「日々を振り返る」という行為に意味はあるのだろうか。例えば「○日前の午後○時にお前は何を考えていたか答えよ」という質問にも「眠たがっていた」か「自慰したがっていた」とでも答えておけば「…正解!」を貰えてしまう様な、そんな日々だ。子どもの頃の自分に思いを馳せている時にも、生涯賃金の事に付いて頭を抱えながら考えている時にも、世界の平和と人類の幸せを願っている時にも「でも出来れば日々何も考えたくない」が思考の6割をいつまでも占めている。「意味の無さ」を実はどんな時にも望んでいる邪な心では「反省する程の事でも無い行為」が毎日の様に大量生産されてしまっている。


どんな言葉にも意味は無いんだと心から思える私ではあるが、このブログもTwitterにも意味を見い出した事も、意味を込めた事も殆ど無い。Twitterはあんな物なのでまあ良いとして、このブログ自体は、読んでくれた人がそれぞれの意味を見つけてくれればそれで良い。「感想の持ち方」をこちら側が操作出来ないのなら、やはりそちら側に全てをお任せできればそれが一番良いな、と思うのである。楽だし。


…ということで、まあ意味の無さを意味の無い感じで、昔に書いた記事をまた振りかえってしましょう、といった感じです。前置きが長くなってしまいましたが、何だか書いている内に段々本当に気持ちが落ち込んで来てしまったので、こんな事になってしまいました。自分語りもそこそこに抑えないといけないですね、気を付けてはいるんですけれど。「読んでいて皆が元気になる!」を目標にブログを書いていますからね、私は。あっ、意味をやっとコレで見い出しましたね。

普通に生活しているだけなのに、母親から「お前は秘密主義だ」と言われてしまう様な日々なので、どこかで体がガス抜きを無意識的に求めてしまっているという事なのでしょうか。「秘密主義」で、自慰も家族に見られた事無いですしね。見たいのなら見たいと言えばいいのに。



「世界と始まりが終わり」
http://blog.livedoor.jp/kobochan24/archives/1632688.html

っていうかコレが「せ」なんですけど、もう10ヶ月前ですからね、コレ書いたの。日付の記載だけでストレスで体に蕁麻疹が出て来そうにもなりますれど、この時はまだiPhoneフリック入力でブログを書いていたので、キーボードを買う金も無かったのかと悲しくなってきますね、嫌な物ですね、ブログっていうのは。踏んだり蹴ったりじゃないですか、ここまで。
記事の内容は、まあ別に感想も無いんですけど、「ババアん家豪速球」もそうなんですけど、田舎なので周りに何も遊ぶ所が無かったんで、自分達で遊びを考えて時間を潰していました。結構私の家の周り、細い道が入り組んだ様な迷路の様な作りになっていたので、地形を生かして何とかやってましたね。夏は各自で水鉄砲を持って来て3発水を食らったら負け、でも最後は飽きてホースで水撒き散らして近所から苦情殺到う、とか、冬は雪の中に隠して宝探しゲームプラス鬼ごっこの要素を組み込んでポイント性の団体戦、でも最後は飽きてやっぱりババアん家豪速球、とか。ババア大好きだったんですね、当時は。


「辛い人生に生きる君達へ」
http://blog.livedoor.jp/kobochan24/archives/1639353.html

コレ、平仮名が多いんですけど、元々は司馬遼太郎大先生の「21世紀に生きる君たちへ」という子ども達に向けた文章をオマージュ、インスパイア、パクリで「アッ、書きたい!」となったヤツです。なので、この記事を褒められる度に「あ…いや…そういうんじゃないんですよ…」となってきましたね、この10ヶ月。懺悔ですね、コレは。
この「21世紀に生きる君たちへ」なんですが、大学生だった頃にAmazonで買ったんですけど、100ページも無い薄い本なのにエライ高かったんですよね。1000円くらいしたかもしれません。で、この記事を書く時に家中その本を探してみたんですけど、どうしても無かったんです。それから「まさか…」と「21世紀に生きる君たちへ」で検索してみたら、全文記載されているサイトにすぐ行き着いたんですよね。何なんだコレはと。1000円返せと。もうこの記事の感想も「金返せ!」だけでいいんですけどね。小学生に向けた優しい語り口にこの本の感想が「金返せ!」ですからね、私の場合。それだけでも覚えて帰ってもらえればな、と思います。


ということで、相当今回も長くなってしまったので、この辺で。「気持ちの激しい落ち込み」と「クソどうでもいいわ!という心の声」がガソリンになると、ドンドン筆が進む物なんですね。どこからが前者で、どこまでが後者なのか、こんなにも分かりやすい心の揺れ動きはなかなか無いとは思いますけれど。