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年を重ねるに連れて「外で駆け回って遊ぶ」という事が全く無くなってしまった。

私の幼少期は家でゲームをしたりカードゲームを友達としたりと、殆ど屋内で遊ぶ事のできる戯れが主な時間潰しであったはずなのに、それでも肘を擦りむいたり、自転車でスピードを出し過ぎて死にかけたり、雪合戦で石入りの雪玉作って「必殺技」の様な扱いで友達に投げたら『もうお前とは絶交』と言われたりと、色々な怪我をした記憶が(最後のは心方面の怪我です)確かにある。人間的に元々鈍臭かったから、というのもあったし外で遊ぶ事自体を避けていたので、『運動神経』という物が「ケガをなるたけ避ける為の技能」という事でもあったのなら、私は本当に運動オンチだったのだろうな、と今になって思う。3回遊んで2回はどこかしらを怪我して家に帰った様な記憶があるから、これがパワプロだったらダイジョーブ博士の肉体改造レベル並の確率という事になる。成功すればドラフト1位指名間違い無しの大天才になれるはずが、こちら現実側では例え成功したとしても、見返りと言えば「お風呂で染みない」と「おばあちゃんに心配してもらえる」くらいだ。しかも「コレを言い訳にプールやスキー授業をサボる口実が出来た」という権利は失うので、どちらかと言えばマイナスの評価。最終的にはどちらにせよ「やはり家にいれば良かった」という結論に行き着いたので、私の中でスーパーファミコンは最強の存在であり続けた。


今でも体を見ると幼少期に付けた怪我が傷跡として残っているから、それを見る度に「家に帰りたくて帰りたくてしょうが無かった自分」を思い出す。右足に残っているのは、小学3年生の頃に外で野球をしていて「『転ばぬ先の杖』の完全ダメバーション」で、石がちょうどいい所に転がっており、そしてちょうどいい感じに足にぶつかり、更にちょうどいい感じに筋が切れて出来た傷。全治3ヶ月というなかなか酷い怪我だったが、初めてギプスと松葉杖を付いて学校に登校した時は、足の速かったクラスの中心男子たちがギプスが途轍も無く硬いという事で『チョイと腕試し』の様な感覚で私のギプスを何とか割ろうとしてきたので、初めてクラスの中心人物たちに構って貰えた気がして少し嬉しかった思い出がある。書いていて本当に酷いクラスメイトだし、本当にどれだけ寂しかったんだと自分自身の感情にも「酷い」と思える。酷い。


掌にあるのは大企業任天堂様の傑作ソフト「マリオパーティー2」の「3Dスティックをグルグル回せば回した分だけゼンマイが回ってラジコンが飛ぶぞ!飛距離をライバルと競おう!」的なミニゲームのやり過ぎで皮がずる剥け、楽しい楽しいパーティタイムが血染めの惨劇と化した際に出来た傷。しかも友達と遊んでいる最中では無く、一人で練習している時に出来た傷だったから、黙って出血し黙って64の電源を切り、返り血がかかったヨッシーが印象的なマリオパーティー2のパッケージもティッシュで黙って拭いた。外で遊んで怪我をしたり他の運動のできる子どもと自分を比べて劣等感を感じるのが嫌だから、家で遊んでいたはずが、ゲームで怪我をするし小学生ながら「なんなんだ自分は」と本当に落ち込んだ。


腰の骨盤あたりにあるのは「地区の懇談会で長野に日帰り旅行にいく際に、集合場所に走って行こうとしたら思いっ切りすっ転び、段々と遠くなっていくバスを涙目で眺めながら止血した傷」であるし、指の爪の横側にある傷は「授業中に指の皮を食い過ぎて血が止まらなくなった時に出来た傷」だ。何故か自分の体を観察すればする程、普段は存在すら忘れていた薄っすらと残る傷跡を発見出来てしまうし、更に記憶の中に薄っすらと残る「痛がっている自分」をも思い出してしまう。「恋人を守る為、身を挺してダンプカーに轢かれた時に出来た傷」とか「火事で助けを求める老夫婦がいる家屋に乗り込んだ際に出来た火傷」とか「悪魔の実を食べたせいで泳ぐ事の出来なくなった子どもを海の怪物から助ける為に失う事になった片手」といった傷でもあれば、自分の傷跡を勲章の様に撫でる事も出来たのだが、今はまだちょっと無理だ。海賊もこのご時世、流行る事も無いだろうし。