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離乳食が止まらない

人が新しく何かを始める、という事は簡単な様で意外に難しい。しかも「歳を取れば取る程、それが難しくなる」という素敵な条件も付いてくる。時間、金、労力などのリスクを踏まえつつ日々と折り合いを付けて上手くやっていくには、という風に考える時点で、もう大抵の人は面倒臭くなって諦めるのだろう。

大人になればなる程お金にも余裕が出来て何でも出来る様になる、と子供の頃は信じていたが、なったらなったで今度は「責任」という物と向き合わなければいけなくなってしまった。誰が言ったかは忘れたが(多分マツコデラックス伊集院光とかその辺だ)「不自由は自由だ」という言葉が身に染みる。
ある程度の束縛があるからこそ、その範囲内での自由が許される。自由を覆う「囲い」みたいな物を作ってやらないと、自由なんて物は勝手にどこかに逃げ出してしまう。そう考えてみると、本当の自由なんて言う物は私たちには手に出来る物では無いのかもしれない。


もう自分が新しい一歩を人生において踏み出せないのは、今の自分を好きになれないのは、もう自分がいい大人になってしまったからだという意味での「昔はよかったよね」などと老け込んだ様な言葉を簡単に使える他人を見る度に私は吐き気を感じてしまうが、「変われるチャンス」が多かったのは今より幼少期ころだったろうとは吐き気も無く感じる。

漫画でよく見る所謂「高校デビュー」に憧れた時期もあったが、幼稚園から小学校に上がる時は、まだ両親も不仲では無かったし、妹も生まれたし、スーパーファミコンも買ってもらえたので特に「よし、変わってやろう!」とは思わなかった。
それから、6年後の小学校から中学校に上がる時は、小6で女子に泣かされて学校をサボったり、父に同僚からタダで譲ってもらったらしいニンテンドー64を私にお年玉を出させてタダで貰った64を定価で買わされたりもしたが、その頃はトゥナイト2もワンダフルも面白かったし、ニンテンドー64も一応は家にあったので特に「よし、変わってやろう!」とは思わなかった。
それから、3年後の中学校から高校に上がる時は父がご飯を食べたらすぐに一人で部屋に篭ってパチンコのゲームをし出したり、母が私と妹の部屋に眠りにやってきて「アレ?」と思った時もあったが、その頃は父の本棚からBUBUKAを盗んだり、プレステ2を買ったりしていたし、「何かしなくちゃ、きっと自分は何者にも変わる事が出来ない」と強く感じはしたが、とにかくまず「面倒臭さ」が何よりも勝ってしまって「よし、変わってやろう!」という実行には移せなかった。
それからまた3年後、高校から大学に上がる時は「機は熟した!」
と言わんばかりに本格的に家がしっちゃかめっちゃかになったので、変わる変わらない所の話では無かった。


「自由と不自由の縛り」みたいな物の中に(まだ「変わる、変われない」と悩める心の猶予)さえも含まれてしまうと、何だか私が経験した不自由さを感じた事、辛かった事も全て含めて「アレも子どもの頃にしか経験出来ない、きっと青春だったよね」みたいな感じになってしまうのは凄く嫌だし、キツい。確かに私にとってはトゥナイト2は青春の一部だったが、トゥナイト2見たさに深夜まで起きている下半身丸出しの私を怒る為に父が毎晩毎晩「布団直し」をデコイにして見回りに来るのは本当に辛かった。「こんな生活、もう嫌だ!」と眠い目を擦って部屋の前の階段とテレビの前を行き来する毎日に向かって叫んだ事もあったが、こんな生活が青春だったと提議されるのはやはり死んでも嫌だ。自由でも不自由でも青春でも売春でも何でも良い。もっともっと甘くて緩い、溶けてしまいそうな「過去」を一握りでも、私が手にしていればな、と今日も明日も明後日も、無い物ねだりをきっと私は繰り返す。何が言いたいかといえば多分「昔はよかったよね」。