無理な言い訳

「働く」という義務がある限り、まるで楽しみという物が社会に人質に取られているかの様な感覚を覚えるが、「君たちは完全に包囲されている!」と労働が立て篭もる小屋に拡声器で叫んでもみても、「労働の義務容疑者」は降伏してくるどころか、益々頑なになってしまうだけであるし、近隣に住む市民から「お前はうるさいし、そんなことをしている間があったら働け」という苦情が飛び込んでくるだろう。社会が全面的に誘拐犯の味方に立ってしまう事は間違いない。というか「労働が立て篭もる小屋」って書いてて気付いたが完全にハローワークの事を指している。このハローワーク?っていう所に死んだ魚の目?をして入っていけばいいんですね?



働かない人間には生存権を与えないでよい、という世論に屈し続けている私ではあるが、数えて見ると人生で4つのアルバイトをした記憶がある。最初のアルバイトは高校生だった時に体験した、リゾートホテルでのベッドメイキングの仕事だった。友達に誘われて始めたアルバイトであったが、仕事内容よりも、最初に担当の社員さんに友達が私を紹介する際の「何か勝手に付いてきてきちゃったんですけど・・・」という出会って2秒で印象を最悪にさせた台詞が忘れられない。



このアルバイトでは只々部屋に入ってベッドのシーツをはぎ、新しいシーツを張り直し、布団をかけ、そしてまた次の部屋へ・・・という単調作業が逆にキツかった。たまにシャレオツ外国人の物真似をしたがるお客さんがチップをベッドの側に置いて行ってくれる事があって嬉しかったが、それよりテンションが上がったのが、ベッドの下にお客さんが捨てて行ったエロ本を見つけた時。すぐにでも持って帰って部屋に籠城を決め込みたい所であったが、勿論手元には本を隠す為のカバンなど無く、あるのはシーツ2枚と枕カバーのみ、しかも、ベッドのメイキングの際にはハウスキーパーのパートのオバちゃんも一緒に入室してくるので、もし私が「おやおやこんな所にいかがわしい本が」などとお腹の中にでも隠すのがバレた場合、その後のお昼休憩での恥じらいという物を捨てる事で得た「ババア」という地位の人間たちの世間話の格好の餌食になることは明白。そんなこんなを考えている合間にパートのオバちゃんも掃除を終え、急かされる形で私も次の部屋に向かう事になってしまった。シーツを畳み、毛布をかけ、そしてまたシーツを畳み、毛布をかけをしている内に、私は覚悟を決め社員さんに駆け寄り、言った。「すいません、何処かの部屋に腕時計を忘れてきたみたいで!」



勿論ウソだ。しかし苦肉の策だった。もし仕事道具を部屋に忘れた、と言えば確実にその部屋の担当だったパートのオバちゃんも付いてくるし、仕事上の責任という問題もでてくる。かと言って携帯電話などと言えば、「サボっていたから部屋に置き忘れるなんて事があったのでは?」と疑われる事もあり得る。「ギリギリどうでもよいレベル」を維持できる忘れ物として私が考え付いたのが「腕時計」だった。



しかしここに大きな誤算があった。
社員さんがいい人だったのだ。「腕時計?結構大事な物なんじゃないのか!?」「まだ高校生なんだから新しく腕時計を買うのもキツイだろう!」「あ、○○さん!この子、部屋に忘れ物があるみたいで!僕も一緒に行くから、鍵だけ貰ってっていいかな?」



そして社員さんと一生懸命、腕時計を探した。ポケットの中にある腕時計をどうすべきか、悩みに悩んだ。「何処か思い当たる所はある?ここじゃないって事は無い?」としきりに聞いてきてくれる社員さんの顔を見る度に、血の涙が出そうになった。因みにベッドの下に、エロ本はあった。エロ本はずっとあった。私は最後に、ベッドの下のエロ本をそっと撫でてから、「あっ!ベッドの下にあったみたいです!奥にあったから気付かなかったみたいです!」と言ってその部屋を後にした。もう2度と会う事もないだろう。エロ本の方はもう振り返らずに、ドアは閉じられた。



このエピソードが、私が最初に体験したアルバイトでの印象に残った出来事なのだが、特に印象深かった3番目にアルバイトをした本屋での「お客さんからの苦情の手紙で社員さんマジギレ、すき家で永井さん失神事件」については、またの機会にしたいと思う。