運動が出来るとは己の醜さを知れ

僕がまだ小学生だったころ。この時期になると決まって体育の授業に行われていたのがいわゆる「スキー授業」というヤツだった。土地柄、全国的にも多くの積雪量がある地域だったので、屋外でスポーツをする、ましてやウインタースポーツが盛んな地域であれば当然「スキー授業」くらいしか体育の授業ではやることが無かったのだろう。


僕は本当に運動が苦手な子供で、野球では守備でショートを任された時、ボールをまず投げるのが怖くてショートゴロを毎回走って一塁まで届けていたような珍プレーをしていたし、ドッチボールでデブの女子の影に隠れるなんて常識中の常識だったし、バレーボールではレシーブを自分の顔に当てて鼻血を出していた。そんな僕がスキー、しかもクロスカントリーと言われる100Mは高低差がある5kmほどのコースをしかもほぼ毎日走らされるなんて聞いた時は、すぐにおしっこちびって失神でもした方が後々の身のためになるのでは、と思うくらい嫌だった。


授業も散々だった。一本道なのであっという間に僕は周回遅れになり、後ろから聞こえてくる罵詈雑言。「さっさといけよ!」「後ろがつかえてんだよ!」「おいふざけんな覚えとけよ!」「ねえ、邪魔しないでよ!(女子)」「タイム計ってるからエスキ君、早く行ってくれないかー!(体育教師)」「おい!皆困ってるだろ!(友達だったはずの山内君)」そんな風に言われるのが何回も、そして何年も続き、累計が3桁にも届こうかと思うくらいにいつもの様に、皆の邪魔にならないように自分からコースを外れ、雪が積もった草むらの上で皆が無言で通り過ぎて行くまで横たわっている内にある日、段々と腹が立っていくのに自分でも気付いた。「何で俺が気を使わなければいけないんだ!」「たかだかスキーでここまで言われる必要はないはずだ!」「全部スキーが悪い!」一人でブチ切れていた。


「だいたい何がスキー授業だ!毎日やるなんて狂気の沙汰だよ!」「今日は良いタイム出す為にワックス塗っといたからな!じゃねえよ俺はいつも下り坂転がってるから関係ねえんだよ先生!」「もう知らねえ!道外れた近道を探してタイム短縮してやる!」「いやまて、後ろのヤツに気を使う必要はない、むしろ遅い俺を下り坂からの大ジャンプで飛び越せないアイツらの技術不足」「じゃあもういっそストックはつっかえ棒代わりにして勝手に休憩取っちゃってその時うまく使おうぜ!」「そうだそうだ!!!」


次の日から、タイムなんて気にもしない僕の姿がそこにはあった。後ろから聞こえる声も逆に快感にも覚えた。投げつけられる雪球も大したことはない。あの瞬間だけ、僕は「スキー」という存在を超越していた。


その年の体育。通知表を見ると、そこには5段階評価で「1」の文字。「真剣に授業に取り組む姿勢が見られず、他のお友達の邪魔をするばかりです。親御さんと一度、キチンとお話をされた方がいいかと思います。」という担任からの「今学期のまとめ」も添えてあった。でも、いいんだ。僕はスキーに打ち勝ったんだ。あの4本の棒切れにもうこれ以上人生を惑わされてたまるか。僕は世界に勝ったんだ・・・。


中学も似たような感じで乗り超えられたからここまでスキー相手に小、中と合わせて2勝0敗と完勝できているが、大人になった今になって「スキー行こうぜ!」とか山内君に言われた日には、勝てる気はまるでしない。