地元の本屋さんの話

ポケットモンスタースペシャル」は小学生の頃から読んでいた。とても思い出深い漫画だ。ただ、その話をするには少々長い話になってしまう。


僕は小学校、中学校とを地元の学校で過ごした。両方とも、僕の実家にとても近い場所にあったので、学校のチャイムが鳴ってから家を飛び出ても、鳴り終えるまでに到着していた。実家からは、学校も近かったし、駅からも近かった。そして、駅前の商店街が一番栄えている土地だった。


僕の実家辺りはそれはもう、クソがつくくらい田舎で、コンビニが出来たのでさえもごく最近(勿論、開店時間は7時~21時という緒方拳びっくりの鬼畜っぷり)である。どのくらい田舎かというと、もしもその土地をブラブラと散歩していたものならば、「さっき、外で歩いていた子がいたわよ~怖いわ~これだから最近の子は・・・」と、近所の奥様方の世間話の格好の餌食になりかねない程の田舎である。これは少し言いすぎかもしれないが、それほど、人間を見ない土地なのだ。


そんな田舎だから、都会のようなショッピングセンターなど当然無く、買い物をするとなれば駅前の商店街へ行き、お肉を買うとすれば「肉のいろは」であり、お魚を買うとすれば「遅津鮮魚店」のようないわゆる個人経営の店だった。(遅津鮮魚店の長男とは同級生で、いろいろ面白い人だったが、それも別の機会に)そんな田舎の中で暮らしていた僕。


そして、庶民の娯楽の雑誌を買うとなれば駅前にあった「豊岡本屋」であった。ここは勿論、僕らの地元唯一の本屋であり、「ジャンプ」から「アフタヌーン」まで、田舎の本屋にしては漫画は今思えば充実していた。その他にもプラモデルもあり、溢れんばかりの文房具もあり、店頭には遊戯王ガシャポンもありと、楽しさがその店に詰まっている様に見えたし、小学生の僕にはそれこそキラキラして見えた。特に漫画好きの僕の母なんかは、ジャンプ、マガジン、サンデーはここで全て予約しており、僕には全く受け継がれることが無かった社交性も母にはあったことで、とてもよい関係を我が家と豊岡本屋さんは築いていたように思える。実際、老夫婦で経営していたその店のおじいちゃんにもおばあちゃんにも、僕は可愛がられていたと自分でも思うし、母とその店を訪れた時なんかは良く飴やらお菓子やらを沢山もらって家に帰ったものだった。


そんなある日、当時10歳だった僕は、「ポケットモンスタースペシャル」が掲載されていた「小学6年生」という雑誌を買いに豊岡本屋に向かった。店に入った時はおばあちゃんでは無く、その店のおじいちゃんが店番をしており「おーいらっしゃい」と声をかけてくれた。僕はニコニコ顔で小学6年生をレジに出し、会計をしようとし財布の中をみた。


「足りない・・・」


そう、ここにきて全くお金が足りなかったのだ。しかし、どうしても、すぐにポケスペが読みたい。フッシーとピカの大活躍がすぐにでも見たい。ここで、「しかし、ここだったら、もしや・・・」と、僕のどす黒い感情があふれ出た。


「あの、ツケでも、いいですか?」


ここで言い訳をさせて欲しい。先ほど出た「遅津鮮魚店」などで買い物をする時、田舎特有の「ツケ」というその場ではお金はいらないから、次に来店した時にまとめて払うという制度があり、当時、母は遅津鮮魚店では当然のようにツケをしていたし、僕自身も学校の帰りにお菓子をツケてもらったことは2度や3度では無かったのだが、この本屋さんでは初めてそれを僕は願い出た。


今思えば、もしかしたらこの店ではツケという制度は無かったのかも知れない。どちらにしろ当然の反応ではあると思うが、そのおじいちゃんは少し戸惑った顔をした。しかし、「まあ、お得意さんのとこの子供なら」と思ってくれたのだろう。ツケで僕に小学6年生を譲ってくれた。しかし、これからが僕の最低な所。なんと、ツケてもらったものは良いものの僕には払えるあてが無かったのだ。月末の1000円のお子使い配布日までなんと、あと21日。


1日、2日まではよかったものの、1週間程経つと、そろそろまずい、どうしよう、母に言うべきか、黙っていてもなんともならないし、どうしよう・・・と思いながらいつもの様に友達の熊倉君と松井君と一緒に学校から帰り、家の玄関を空け、「ただいま帰った。風呂に入る。さっさとお湯を沸かせて私の服を脱がせろ!」と毎度のように両手を突き出して待つ。しかし、顔を見ると母は軽くブチ切れ状態。どうも様子がおかしい。少しの間の沈黙の間、母の第一声。「本屋さんからお子さんが買った雑誌のお金が払われてないって言われたんだけど」母の横にはジャンプがあった。そう、その日が発売日だったのだ。両手が下がると共に、僕の顔色も青くなっていった。


勿論、母からはこっぴどく叱られ(代金は有難いことに母が出してくれた)それからはツケという制度を使うことを当然、禁止され、その本屋さんにも後ろめたい気持ちもあり、それからは足を運ぶこともほとんど無くなってしまった。母も口には出さなかったが、たぶん本屋さんに行く度に気まずい思いをしていたのかもしれない。本屋さんにも母にも、今でも本当に申し訳なく思う。


そんな豊岡本屋だったのだが、僕が高校に入るか入らないかくらいに、その老夫婦が亡くなり、継ぐ人もいなかった様で今は店舗だけ残り、営業はしていない状態になってしまった。


埼玉から地元の新潟まで電車で帰る度に、嫌ようにも目に入ってくる駅前の本屋を見ると、何だかあの優しかったおじいちゃんとおばあちゃんの顔が浮かんできて、あの笑顔もすら、僕が壊してしまった気がし、とても後ろめたい気持ちになってしまう。そして更に、あれだけ必死になって買っていた小学六年生に載っていたポケットモンスタースペシャルが、去年、妹がすでに全巻買い揃えていたということにも愕然とした。やっぱ面白いわ、一回読んだことあるけど!!


ポケットモンスターSPECIAL (1) (てんとう虫コミックススペシャル)ポケットモンスターSPECIAL (1) (てんとう虫コミックススペシャル)
著者:日下 秀憲
販売元:小学館
発売日:1997-09
おすすめ度:5.0
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